三陸の海で「ミクロの藻」を培養、食糧危機に備える

記事のポイント


  1. 微細藻の1種「ナンノクロロプシス」は脂肪酸やタンパク質を豊富に含む
  2. 石巻のバイオベンチャーが、三陸海岸に国内最大の培養施設を稼働
  3. 人口増加で懸念される食糧危機への対応策として量産を目指す

ミドリムシ(ユーグレナ)やクロレラに続いて、注目を集めている藻が「ナンノクロロプシス」だ。直径は2〜5ミクロンで、良質な脂肪酸であるEPAや、タンパク質を豊富に含むことから食用や医療用など多方面での活用が期待されている。イービス藻類産業研究所(宮城県・石巻市)は三陸海岸沿いに国内最大の培養施設を持ち、食糧危機が懸念される2030年・50年を見据えて量産体制の強化に乗り出した。(オルタナ副編集長・長濱慎)

顕微鏡で見たナンノクロロプシス(写真:イービス藻類産業研究所)

■食用、バイオ燃料、パーム油代替原料として研究が進む

ナンノクロロプシスは海中に生息する植物プランクトン(微細藻)の一種で、直径は2〜5ミクロン(1ミクロンは1000分の1ミリ)。豊富な栄養素が特徴で、12種のビタミン、11種のミネラル、18種のアミノ酸、良質な脂肪酸として知られるEPA(エイコサペンタエン酸)など全部で61種類を含む。

タンパク質含有量は100グラムあたり50グラム。牛が100グラムあたり約20グラム(文科省食品成分データベース)、新たなタンパク源として注目されるコオロギが100グラムあたり約60グラム(食品分析センター)なので、引けを取らない量といえるだろう。

生育環境にも特徴がある。ミドリムシやクロレラなど他の微細藻は温暖な地域の淡水で培養されるが、ナンノクロロプシスは寒冷地の海水(10℃〜20℃)で育つ。

イービス藻類産業研究所のある石巻市では世界有数の漁場である三陸海岸の海水を利用でき、東北地方では日照時間も長いため藻の生育に欠かせない光合成にも適している。

寺井良治・代表取締役社長は、事業を始めた経緯をこう話す。

「2013年から石巻で操業していたベンチャーの事業を継承するかたちで、2018年に研究所を立ち上げました。私たちの母体企業であるイービストレードは水質改善事業としてアオコ対策を行っており、藻の繁殖を抑制する技術を『増やす』方にも活かせることがわかったのです」

イービス藻類産業研究所は8800平方メートの培養施設を持ち、7棟のビニールハウスで培養を行っている。海水1ccあたりに生育するナンノクロロプシスが2億個という培養環境を、人工的に作り出したという。

三陸の海水を活用した培養プール
寺井良治・イービス藻類産業研究所 代表取締役社長

「ナンノクロロプシスは、これからの地球を救う可能性があると言っても過言ではない」という寺井社長の信念から設備投資を行い、培養規模は国内最大となった。

実際にナンノクロロプシスは多方面から注目を集めている。東京工業大学などの研究グループは高い油分生産能力に着目し、バイオ燃料としての可能性を模索する。

花王はシャンプーや洗剤の次世代原料として研究開発を進めている。これが実現すれば、森林破壊や人権侵害が問題視されるパーム油への過度な依存から脱却できる。

血行改善に効果が認められる脂肪酸であるEPAを豊富に含むことから、医薬品や健康食品業界からも注目されている。

EPAの含有量を他の微細藻と比較(図:日本食品分析センターなどのデータを基にイービス藻類産業研究所作成)

■養殖餌料や新たなタンパク源を担う可能性も

現在、イービス藻類産業研究所で取引が多いのは水産養殖用で、稚魚に使うワムシのエサに用いられる。天然水産資源の枯渇が懸念される中、世界の養殖市場は2030年までに年平均5%以上で成長するという予測(米シンクタンクReport Ocean)もあり、エサの確保は喫緊の課題となっている。今後は成魚養殖においても、小魚に代わるエサとしてナンノクロロプシスの需要拡大が見込まれるという。

しかし、イービス藻類産業研究所が「本丸」と考える用途は食用だ。国連の予測では世界人口は2030年に85億人、50年に97億人に達し、食糧危機も懸念されている。ナンノクロロプシスはEPAなどの栄養素とともに、タンパク質を豊富に含んでいる。

タンパク源である牛や豚などの家畜を育てるには大量の水や土地が必要だが、水資源の枯渇や森林破壊を考えると生産地の拡大は望めない。「海水と設備さえあれば培養できるナンノクロロプシスは環境への負荷が少なく、新たなタンパク源を担うポテンシャルがある」と、寺井社長は期待する。

イービス藻類産業研究所は大林組と共同で、さらなる大規模培養に向けた準備を進めている。大林組は本業のゼネコンの他に新技術の普及に向けた支援も行っており、バイオテクロジー分野ではナンノクロロプシスに力を入れている。

ギリシャで建設が進む培養施設に技術提供も行っており、完成後はそこから供給を受ける計画もある。EU(欧州連合)では微細藻由来のEPAの研究開発に取り組むコンソーシアムがあり、20近いバイオテクノロジー企業や研究機関が参加している。ギリシャのプロジェクトもその一環だという。

当面の目標は量産化とコストダウンだ。向こう5年で年間3〜5トンの生産キャパシティを100トンレベルまで拡大し、粉末キログラムあたり数万円の価格を10分の1に下げるのを目指す。

「これを達成するには我々1社では難しいが、いろいろな企業とパートナーシップを結び、知恵を借りて取り組めば不可能ではない」と、寺井社長は意欲を見せる。

ナンノクロロプシスが食卓で受け入れられるよう、味噌汁やフライ、デザートに混ぜるなどメニューの開発にも力を入れている。「藻を食べる文化」の定着には食育が大切なことから、給食提供に向けて地方自治体との交渉も進めているという。

S.Nagahama

長濱 慎(オルタナ副編集長)

都市ガス業界のPR誌で約10年、メイン記者として活動。2022年オルタナ編集部に。環境、エネルギー、人権、SDGsなど、取材ジャンルを広げてサステナブルな社会の実現に向けた情報発信を行う。プライベートでは日本の刑事司法に関心を持ち、冤罪事件の支援活動に取り組む。

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キーワード: #サステナビリティ

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