日本型資本主義が、世界の資本主義の進化を導く――田坂広志 オルタナティブ文明論 第7回

田坂広志(多摩大学大学院教授、シンクタンク・ソフィアバンク代表、社会起業家フォーラム代表)

 

第6回では、ウェブ革命、CSR、社会起業家という三つの潮流が、ハイブリッド経済と呼ぶべき新たな経済原理を生み出し、このハイブリッド経済が、これから資本主義のパラダイムを根本から変え、その進化を促していくことを述べた。

では、そのとき、日本における資本主義に、何が起こるのか。不思議なことが起こる。

なぜなら、これから世界の資本主義が進化を遂げていくとき、その進化の向う先には、実は、かつて日本型資本主義が重視した価値観が待っているからである。

例えば、CSRの潮流。企業に利益追求だけでなく、社会的責任や社会貢献を求めるということは、いま、世界の資本主義の最先端の潮流となっているが、実は、日本においては、こうした価値観は、さらに深化した形で古くから存在する。

そのことを象徴するのが、かねて日本型経営において語られてきた、次の三つの言葉である。

「企業は、本業を通じて社会に貢献する。利益とは、社会に貢献したことの証である。企業が多くの利益を得たということは、その利益を使ってさらなる社会貢献をせよとの、世の声である」。

この言葉に象徴されるように、日本型資本主義は、米国型資本主義とは異なり、本来、利益追求と社会貢献とを対立的なものとは捉えてこなかった。

ヘーゲル弁証法の言葉を使うならば、しばしば矛盾として捉えられるその二つを、「止揚」(アウフヘーベン)し、統合したものと捉えてきた。

さらに言えば、日本型経営においては、この三番目の言葉に象徴されるように、本来、企業にとっては、社会貢献が究極の目的であり、利益追求とは、その社会貢献を行うための手段と考えられてきた。

もとより、日本型経営においても経営者は利益にこだわるが、それは、社会貢献を喜びとして一生懸命に働く社員の生活を支え、資本提供という形で会社を支えてくれる株主に報い、社会貢献のための新たな開発投資を行い、その素晴らしい社会貢献企業を存続・発展させていくためであった。

これは、利益追求を企業の究極の目的とし、株主に利益還元することを経営者の第一の任務とし、その利益追求の手段として、賃金報酬で社員の意欲を高め、短期的視点で開発投資を行い、利益追求のためには、企業自身を売却することも厭わない米国型経営とは、根本的に異なった思想である。

そして、この日本型経営が古くから掲げてきた「企業の究極の目的は、社会貢献である」との思想は、実は、いま、社会起業家の世界的な潮流の中で生まれている「社会的企業」(Social Enterprise)の思想そのものに他ならない。

すなわち、これから世界の資本主義の進化は、すべての営利企業や非営利組織に、利益追求と社会貢献を統合した「社会的企業」への進化を求めていくが、それは、渋沢栄一の「論語と算盤」の思想のごとく、すでに日本型資本主義が永く理想としてきた企業像なのである。

さらに、この社会起業家の潮流が世界に投げかけた「我々は何のために働くのか」という労働観。それもまた、日本においては古くから、「働く」とは、「傍」を「楽」にすることであると語られてきた。

このように、日本型資本主義は、その足下の土壌に、深みある企業観や利益観、そして、優れた精神性を伴った労働観を宿してきたが、世界の資本主義は、いま、まさに、その価値観に向かっているのである。

次回、さらにこの話を続けよう。

*本記事は、2009年4月発行のオルタナ13号から転載しています。

Profile
たさか・ひろし 74年、東京大学卒業。81年、同大学院修了。工学博士。87年、米国バテル記念研究所客員研究員。90年、日本総合研究所の設立に参画。取締役を務める。00年、多摩大学大学院教授に就任。同年シンクタンク・ソフィアバンクを設立。代表に就任。
tasaka@sophiabank.co.jp www.sophiabank.co.jp

「ボランタリー経済」と「ハイブリッド経済」について詳しく知りたい方は、
著者の『未来を予見する「五つの法則」』(光文社)を。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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