ミツバチが生きた島、死んだ島―長崎県から報告

■帰巣本能も奪う

久志氏は「ネオニコ系農薬の特徴は、ハチの死に方にも表れる」と指摘する。有機リン系などの従来の農薬の場合、巣箱内で死んだハチを働きバチが外に運び出すため、巣箱の周囲にハチの死骸が落ちているのでそれとわかる。

しかも全てのハチが死ぬことはなく、時間が経つに従いハチの数は回復する。ところがネオニコ系では、神経を冒されて帰巣能力が失われるため、巣箱のハチの数が急減し、遂にはミツを残したまま巣箱が空になる=全滅してしまう、というのだ。

壱岐島の翌日に訪れた的山(あづち)大島島と平戸島で、取材班はネオニコ系農薬の威力の凄さを目の当たりにした。

巣箱を開けた様子。巣虫に食いつくされてすっかり空になっている

平戸島に近いひなびた小島、的山大島では09年を最後にミツバチが消えた。他の昆虫や漁港のフナムシも激減したというが、その原因として疑われているのが、松枯れを引き起こす線虫を媒介するマツクイムシの防除を目的としたネオニコ系農薬の空中散布だ。

島に住む山川義彦氏(66)も「以前はミツバチが家の中や軒下に勝手に巣をかけていたのに、すっかり見なくなった」と証言する。

久志氏と山川氏の案内で島内をあちこち観察するが、虫や鳥などが確認できたものの、緑豊かな農業の島にしては生き物の気配が弱い。フナムシに至ってはハチ同様、一匹も見かけなかった。

そして平戸島。久志氏は島内の7カ所に巣箱をかけていたが、同様に2年前に全滅し、回復していない。

巣箱のある場所に案内してもらう。草むらにたたずむ巣箱の周囲にミツバチの姿はなく、空の巣箱の中にはハチの巣をえさとする「巣虫」が食べつくした跡だけが残されている。

さながらその様子は、廃墟を思わせた。

■生月島、回復力ある内に

ネオニコチノイド系農薬の影響は、虫の減少に限らない。食物連鎖の一角を担う虫の減少は、それらを捕食する鳥など他の生物の減少も呼び、生態系全体の崩壊を加速する。

ミツバチは植物の受粉を担う役割も担っており、ミツバチの減少や絶滅は農産物にも深刻な打撃を与える。

そして日本では、果物や野菜に残留するネオニコチノイドの許容基準値が欧米よりも大幅に緩い。アセタミプリドを例にとれば、キャベツで5ppmと、EU(0.01ppm)の500倍が許容されているのだ。

長期間の摂取では頭痛や嘔吐などの症状が出るという医師からの報告もある。

それでもネオニコ系農薬が普及する背景について、久志氏は「農業人口が減少して高齢化が進む中で、強い効き目が持続するネオニコは、散布する量や回数が減らせるので好まれている。根本にあるのは農業の衰退だ」と指摘する。

生月島の東海岸で1匹だけ見つけた ニホンミツバチ

こうした事態を打開するには何が必要か。久志氏は語る。「農薬に汚染された食物は食べたくない、無農薬の農産物を食べたい、と消費者が意志表示すれば変わる。それにはネオニコ系農薬の問題をもっと世の中に広めなければ」

最後に訪れた、平戸島の東の生月(いきつき)島も、松枯れ防止を目的に農薬が散布された場所だ。

雨に溶けた農薬が海へと下り、沿岸の海棲生物が激減する「海焼け」を引き起こし、農民と漁民が対立するという深刻な状況にある。

取材中、そんな島の東海岸付近の野花の群落で、久志氏は1匹だけニホンミツバチを見つけた。

「農薬から海風に守られたんだな。近くに蜂群(ハチの巣)があるはずだ」

生態系にまだ回復力が残されている内に、「ネオニコ禍」を食い止めなければならない。

ネオニコチノイド系農薬の使用中止を求めるNGOネットワーク

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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