「PBR1倍割れ問題」は日本経済を再生するカギか(前)

記事のポイント


  1. 日本企業は「PBR1倍割れ問題」への対応を中長期的な経営課題と捉えるべき
  2. PBRは企業価値の代理変数。資本収益性と成長期待の両方を高める必要あり
  3. 大企業では事業ポートフォリオの最適化による資本収益性向上が重要になる

東証による資本効率改善要請

東京証券取引所(東証)による資本効率改善要請(PBR1倍割れ問題)は、自社株買いや増配など一過性の取組ではなく、持続的な企業価値向上という本質的な経営課題に対する抜本的な経営改革、サステナビリティを意識した経営の高度化を日本企業に求めています。(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家=遠藤 直見)

2023年3月31日、東証からプライム市場とスタンダード市場に上場する約3300社を対象に、資本効率改善要請「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」が通達されました。

上場企業の半数以上がPBR(株価純資産倍率)1倍割れ、ROE(自己資本利益率)8%未満という厳しい現状を踏まえ、経営者の意識改革と経営方針の見直しが求められています。

PBRが1倍割れとは、株式時価総額が純資産額を下回ることです。経営によって企業価値が殆ど生み出されておらず、事業を続けるより解散した方がよい状態(上場失格)と見做されていることを意味します。

日本企業の低PBR問題は以前から認識されていました。2017年に公表された「伊藤レポート2.0」でも米国や欧洲企業と比較した日本企業のPBRの低さが指摘されています。

2022年6月には、経済産業省の経済産業政策新機軸部会がまとめた中間整理において、「2030年迄には代表的企業のPBR1倍以上の割合を8割にまで増加させる」などの目標や施策が公表されています。

■ PBR1倍割れ問題の持つ意味(山道JPX CEOの発言から)

6月16日、東証を傘下に持つJPX(日本取引所グループ)が実施した記者会見で、山道裕己CEOは要請の趣旨について以下のように説明しました。

・PBRは幾つもある経営指標の1つ。資本コストを意識した経営において、1つの例としてPBRを提示した。

・全ての企業がPBR1倍を目指すべきだとか、PBR1倍以上であれば合格、1倍未満であれば不合格などと考えているわけではない。

・PBR1倍を超えている企業も、現状をしっかり分析して、資本コストや株価を意識した経営とその改善に向けた議論を経営レベルで行っていただきたい。

・PBRは、ROE(現在の資本収益性)掛けるPER(将来の成長期待)となる。示唆に富んだ分析が可能になると考えられる。経営レベルで議論し、改善策を策定、実行し、株主・投資家との対話に生かしていただきたい。

・一般論として、上場企業が余剰資本を有している場合の株主還元は適切な考え方。ただし、分母(自己資本)の圧縮によるPBR改善を目的とした自社株買いや増配は、必ずしも要請の趣旨ではない。

山道CEOの発言からも明らかな様に、日本企業は「PBR1倍割れ問題」への対応を中長期的な経営課題と捉え、短期的でその場しのぎのPBR改善対策ではなく、資本収益性や成長期待を意識した持続的な企業価値向上のための経営体質の強化として取り組むべきです。

CEOやCFOが中心となって、経営企画、財務、経理、サステナビリティ、ガバナンス、IRなどの各部署を巻き込み、さらには、事業部門とコーポレート部門の垣根も超えて、組織横断的に全社一丸で取り組む必要があります。

事業ポートフォリオの最適化(資本収益性の向上)

PBRは企業価値の代理変数であり、その向上のためには、現在の資本収益性と将来の成長期待の両方を高めることが求められます。

資本収益性向上のためには、現行事業の利益率向上(売上拡大、コスト低減等)が重要です。それに加えて、多くの事業を抱える大企業(コングロマリット)の場合は、事業ポートフォリオの最適化によるコングロマリット・ディスカウント(全体の企業価値が事業毎の企業価値の合計よりも小さい状態)の解消が考えられます。

事業ポートフォリオの最適化については、これまでにも幾つかの提言が出されてきました。2020年には経産省が「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」を策定しています。

経営環境の変化や長期ビジョンの観点から、自社内では将来の成長が見込めない事業(ノンコア事業)であっても、ベストオーナーへの売却・再編により中核事業(コア事業)になる可能性があります。転籍する従業員にとっては活躍の機会や給与が増えることもあり得ます。

持続的な成長を実現するためには、経営資源を中核事業や成長事業の強化に向けた投資に集中することが必要です。業績が悪化してからではなく、経営が順調な平時から事業ポートフォリオの検証・見直しを実施し、資本収益性の向上に取り組んでおくことが重要です。(後編に続く)

遠藤 直見(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家)

遠藤 直見(オルタナ編集委員/サステナビリティ経営研究家)

東北大学理学部数学科卒。NECでソフトウェア開発、品質企画・推進部門を経て、CSR/サステナビリティ推進業務全般を担当。国際社会経済研究所(NECのシンクタンク系グループ企業)の主幹研究員としてサステナビリティ経営の調査・研究に従事。現在はフリーランスのサステナビリティ経営研究家として「日本企業の持続可能な経営のあるべき姿」についての調査・研究に従事。オルタナ編集委員

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キーワード: #サステナビリティ

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