米「人権報告書」、人権侵害についての記述を大幅に削る

記事のポイント


  1. 米国務省は、世界の人権状況をまとめた「人権報告書」2024年版を公開した
  2. トランプ政権下で、ジェンダーや人種に基づく人権侵害に関する記述が消えた
  3. イスラエルの記述は9割減り、日本の記載も7割近く削減した

米国務省は8月12日、世界の人権状況をまとめた「人権報告書2024年版」を公開した。196か国の「国別人権報告書」も同時発表した。第2次トランプ政権下では、ジェンダーや人種に基づく人権侵害に関する言及を大幅にカットし、国別報告書でもイスラエルの記述を前年の103ページから9ページに減らした。日本の記載も7割近く減った。(オルタナ輪番編集長=北村佳代子)

第2次トランプ政権下で初めて出された
「人権報告書2024年版」は、内容が大幅に簡素化された

米国務省は2025年8月12日、「人権報告書2024年版」を公開した。日本を含む196か国の「国別人権報告書」もあわせて公開した。

「人権報告書」は、1974年以降、米国務省が毎年、世界中の国についての報告書を作成し、公開している。集会の自由の制限、公正な選挙の欠如、少数民族への迫害などの人権侵害を指摘し、人権の状況を評価し、米議会はそれをもとに、外国援助や武器販売に関する決定をしてきた。

この報告書は、外交官やNGO団体、ジャーナリストからの期待も大きく、公平かつ包括的な内容との評価を得てきた。

1年前の日本に関する国別人権報告書を見ても、LGBTQ、女性、子ども、先住民の人権や、ジャニーズ問題、技能実習生制度の問題など、日本における人権課題を詳述している。

ご参考:在日米国大使館の和訳による日本に関する「2023年国別人権報告書」はこちら

国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチの土井香苗日本代表はオルタナの取材に対し、次のようにコメントした。

「1974 年以来続く国務省の人権報告書は長年、米国政府が世界各地の人権運動を支持する強力な基盤を提供してきた。それにもかかわらず、トランプ政権による2025年米国務省人権報告書は、従来版に標準的に含まれていた女性、LGBTの人々、障がい者、政府の腐敗、平和的集会の自由などの重要な部分を削除したほか、一部の友好国の人権侵害を大幅に歪曲している」(土井代表)

■イスラエルに関する報告は93%減に

2024年の人権報告書は、例年より数か月遅れての発行となり、全体的な分量も前年から3分の2以上削減した。

米国務省は、バイデン前政権下で作成されていた同報告書をトランプ政権の視点や方針に基づいて「簡素化」したと説明する。また、「(同報告書の作成の根拠となっている1961年の対外援助法や1974年の通商法の)法的要件にこれまで以上に忠実な内容になった」との考えを示した。

国別で最も記述が減らされたのがイスラエルだ。前年は、パレスチナ自治区ガザ地区での人道状況の懸念に関する記述を含め、103ページ割いた。2024年版はわずか9ページだ。

「イスラエルに関して、国務省は、ガザでのパレスチナ人の大量強制移住、飢餓を戦争手段とする行為、水・電気・医療支援・その他生存に不可欠な物資の意図的な遮断といった事実を無視している」と土井代表は指摘する。

「これらは戦争犯罪、人道に対する罪、さらにはジェノサイドに当たる行為だ。また、国務省はガザの基幹インフラや大多数の住宅、学校、大学、病院の甚大な破壊や損害についても言及していない」(土井代表)

米メディアNPRの分析によると、イスラエルに関する報告書で使用されたワードの数の減少率は93.5%だという。続いてパレスチナ自治区ガザ地区の記述が89.3%減となった。なお、日本も前年から69.2%減り、減少率は大きい順から50番目だ。

一方、国別で最も多くのページを充てたのが中国だ。前年版に引き続き、ウイグル族などの新疆ウイグル自治区の少数民族に対するジェノサイドや非人道的行為が発生した、とまとめ、42ページの分量を割いた。ロシア(41ページ)、ベラルーシ(40ページ)、シリア(36ページ)にも相応の分量を割いた。

■人権侵害の実態が見えづらく

内容の大幅削減への批判は大きい。

2009年から2013年まで、米国の民主主義・人権・労働担当国務次官補として、国別人権報告書の作成を監督した現ニューヨーク大学のマイケル・ポスナー教授は、「ファクトのチェリーピッキング(数多くの事例から都合の良いもののみ選ぶ行為)が増え、専門的な作成プロセスに政治的な介入が強まった結果、信頼性や実用性が低下した報告書となった」と嘆く。

「今回の国別人権報告書は、過去の報告書が備えていた厳格さや包括性を欠き、政治的に偏った文書だと、世界中の人々が見るようになるだろう」(ポスナー教授)

人権問題に詳しい佐藤暁子弁護士も、「すでに多くの批判がなされている通り、トランプ大統領が就任以後、強行してきたさまざまなマイノリティ政策の揺り戻しが反映されたものとなった」と、オルタナの取材に対してコメントした。

「性的マイノリティや障がい者の人権侵害に関する記述がなくなり、イスラエルのガザ侵攻といった顕著な人権侵害についても触れられることなく、これまで同報告書が維持してきた信頼性を根本から失うものと言える。USAID(米国国際開発庁)閉鎖という開発に関する政策転換にもつながっている」(佐藤弁護士)

■「日本の人権課題を正確に反映していない」
技能実習制度に関する記述は残る

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北村(宮子)佳代子(オルタナ輪番編集長)

北村(宮子)佳代子(オルタナ輪番編集長)

オルタナ輪番編集長。アヴニール・ワークス株式会社代表取締役。伊藤忠商事、IIJ、ソニー、ソニーフィナンシャルで、主としてIR・広報を経験後、独立。上場企業のアニュアルレポートや統合報告書などで数多くのトップインタビューを執筆。英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー。2023年からオルタナ編集部、2024年1月からオルタナ副編集長。

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