手袋、輸液バッグ――ホルムズ危機でのナフサ不足と医療現場の対応は

記事のポイント


  1. 医療現場で使われる手袋、輸液バッグ、透析回路などの資材は石油化学に依存している
  2. ホルムズ危機では、行政だけでなく、日機装など企業も供給維持と情報開示を進めた
  3. 「止められない医療」である人工透析を例に、医療のサステナビリティを考える

医療現場で使われる手袋、輸液バッグ、透析回路など、多くの医療資材は石油化学製品に依存している。ホルムズ海峡危機に、医療現場ではどのような対応があり、危機からどのような教訓を得ているのか。人の健康と地球環境の健全性を同時に追求する「プラネタリーヘルス」に挑む、みどりのドクターズに寄稿してもらった。(オルタナ編集部)

ホルムズ海峡危機は、エネルギー価格の問題だけでなく、日本の医療が抱えるインフラとグローバルサプライチェーンへの依存を浮き彫りにした。病院で日常的に使われる手袋、輸液バッグ、透析回路など、医療資材の多くは石油化学製品を原料とし、国外のアジアでの生産や海上物流に支えられている。とりわけ人工透析は、大量のディスポーザブル資材を必要とする「止められない医療」であり、今回の危機でその脆弱性が認識された。一方で、企業による供給維持への取り組みや、腹膜透析(PD)・在宅医療といったインフラを分散する医療が危機管理として考えうる。医療の持続可能性とは何か。透析医療を例に考える。(みどりのドクターズ)

医療資材の多くは石油化学製品を原料としている

連載:「プラネタリーヘルス」への挑戦(5)
ホルムズ海峡事実上封鎖の医療現場の影響からサステナビリティを考える

■ホルムズ海峡危機と医療資材

2026年春、中東情勢の緊迫化とホルムズ海峡封鎖は、日本のエネルギー安全保障だけでなく、「医療は本当に継続できるのか」という新たな不安を浮上させました。

ホルムズ海峡は、日本が輸入する原油の多くが通過する世界有数の海上交通路です。原油供給不安は燃料価格だけでなく、ナフサを原料とする石油化学製品の価格や供給にも波及します。

医療現場で日常的に使用されるプラスチック手袋、輸液バッグ、注射器、カテーテル、透析回路などの多くは、こうした石油化学製品の上に成り立っています。

2026年3月末、厚生労働省と経済産業省は「中東情勢の影響を受ける医薬品、医療機器、医療物資等の確保対策本部」を設置しました。さらに4月には、メーカー向け、医療機関向け双方の相談窓口を開設し、供給不安が生じうる医療資材の把握を進めました。

その結果、日本の医療は、原油、石油化学、国外アジア生産、海上物流というグローバルサプライチェーンに深く依存していることが再認識されました。

実際、政府資料や報道では、人工透析関連資材、医療用手袋、消毒液、採血関連資材などで供給懸念が取り沙汰されました。これらはいずれも、感染対策や生命維持医療に直結します。

特に人工透析は、患者数が多い上、数日の停止でも生命に関わる「止められない医療」として注目されました。そのため、医療資材供給の不安定は、単なる物流問題を超えた、命に関わるインフラ問題と捉えられています。

■医療は石油で動いている

普段、病院で使われる医療資材を見て、「石油」に意識を向ける医療従事者は決して多くありません。しかし実際には、現代医療の多くは石油化学製品によって支えられています。

たとえば、診察室や病棟で日常的に使われるプラスチック手袋。感染対策の要となるこれらの多くは、ニトリルやPVC(ポリ塩化ビニル)など、石油由来素材から作られています。

輸液バッグや注射器も同様です。透明で軽量、かつ滅菌しやすい医療用プラスチックは、現代医療を成立させる技術の要となっています。

さらに、その製造過程では石油化学原料だけでなく、滅菌用ガスや大量のエネルギーも必要となっており、患者体内へ入る医療機器やチューブ類は高度な無菌性が求められ、そのため酸化エチレン(EO)ガスなどを用いた滅菌工程が広く利用されています。

その医療資材の需要が最も高い領域の一つが人工透析であり、厚労省も優先的に解決すべき課題として取り上げました。

特に血液透析(HD)では、病院などの施設内で行われ、毎回の治療ごとに血液回路、透析膜(ダイアライザー)、穿刺針(せんししん)、生理食塩水バッグ、手袋、消毒資材など大量のディスポーザブル製品が消費されており、インフラ依存型の医療といえます。

加えて、これら医療資材の生産は日本国内だけで完結しているわけではありません。原料や部材、生産工程の大部分は国外のアジア各国へ分散しており、海上輸送によって日本へ運ばれています。

平時には効率的に見えるこのグローバル供給網も、地政学リスクが高まると脆弱性を露呈します。ホルムズ海峡危機で改めて浮かび上がったのは、日本の医療は「国内の病院」の中だけで完結しているわけではなく、石油をめぐり、遠く離れた資源産地、化学工場、港湾、海運ルートと密接につながっているという現実でした。

■危機下で動いた企業

中東情勢の緊迫化とホルムズ海峡封鎖リスクが現実味を帯びるなか、医療現場では一時、「透析資材は本当に届き続けるのか」という不安が広がりました。危機時には、将来不安から一部施設で過剰発注が起こり、それ自体が供給逼迫を招くことがあり、COVID-19流行初期の個人防護具不足でも同様の現象が見られました。

こうした状況下で注目されたのが、透析関連企業による供給維持の姿勢と情報開示の動きでした。

国内の血液透析装置で50%のシェアを持つ国内最大手の日機装は3月30日、医療機関向けに、「中東情勢に伴う透析関連ディスポーザブル製品供給に関するご案内」を公表しました。

そこでは、血液回路やダイアライザーなどについて、「現時点において生産・供給に支障は生じておらず、通常通りの供給体制を維持している」と説明したうえで、今後の情勢次第では供給や納期へ影響が生じる可能性にも言及し、「透明性をもって対応する」意思表示をしました。また、消費者たる医療機関に対して「通常使用量に基づく発注」を呼びかけた点も一部施設の過剰発注による供給不足を予防するために重要です。

また、素材メーカー側も同時に対応を見せました。ダイアライザーを供給する東レは、「中東情勢の緊迫化およびホルムズ海峡封鎖等を起因とする原材料価格高騰」に対応するため、一部製品で緊急的な価格運用を導入すると公表しました。東レはその発表の中で、地政学リスクの高まりを踏まえ、「調達多様化」「環境負荷低減」を進める方針にも触れています。

これは平時に効率性を重視して構築されてきたグローバル供給網を、危機下でも持続可能な形へ再構築しようとする動きと言えるかもしれません。

■「持続可能な医療」は可能か〜人工透析を例に〜

では、医療は今後どのように「より持続可能」になり得るか、人工透析を例に考えましょう。

日本では約34万人が透析療法を受けており、その多くを血液透析(HD)が占めます。HDは大量の水、電力、そしてディスポーザブル資材を必要とします。1回の治療ごとに、血液回路、ダイアライザー、穿刺針、手袋、消毒資材などが消費され、それが週3回で年間156回程度実施されています。

もちろん、感染対策や安全性の観点から使い捨て化は重要な進歩でした。一方で、今回のような資源・物流危機は、「効率化された使い捨て医療」が持つ脆弱性も浮き彫りにします。

透析医療では近年、水使用量や廃棄物削減への取り組みも進みつつあります。透析液供給システムの効率化や、装置洗浄工程の見直し、省エネルギー型透析装置の導入などは、その一例です。

さらに踏み込めば、「単回使用」を前提としてきた医療資材のあり方そのものを見直す議論も避けて通れないかもしれません。海外では、ダイアライザーの再利用が実施されている国もありますが、現時点では日本では感染対策や品質管理の観点から単回使用しか認められていません。

そのなかで、改めて注目されるのが腹膜透析(PD)です。

PDは患者自身の腹膜を利用して自宅で行う透析療法であり、大規模な透析設備を必要としません。日本においては、血液透析(HD)のシェアが95%以上ある一方で、PDのシェアは3%程度とかなり低く、今後の普及の余地があります。

PDは、HDと比較すると、施設側で必要となる大量の水処理設備や電力への依存がなく、災害時やパンデミック時の「在宅医療」・「分散型医療」としても再評価されてきました。通院頻度を減らせることは、患者負担だけでなく、移動に伴うエネルギー消費の低減にもつながる可能性があります。

一方でPDも、HDよりは少量であるものの、プラスチックを使用するため、「完全に環境負荷がない医療」というわけではありません。重要なのは、単純な優劣ではなく、「医療インフラへの依存度をどう分散するか」という視点だと考えます。

その医療インフラの分散で合理的なアイデアは、日本の保険診療で認められているPD+HDのハイブリッドです。これは、在宅PD(腹膜透析)をメインとして週1回の通院HD(血液透析)を組み合わせた治療であり、世界でも稀な、日本ならではの透析療法です。

災害大国・日本では、大規模災害によってHDかPDのどちらかの治療が行えない場合のリスクヘッジにもなるほか、資源消費の最小化や、患者さんの生活の質の向上の観点でも適しています。

加えて、血液透析(HD)に関連する医療資材の生産やサプライチェーンも考慮する必要があります。

効率性を追求した結果、医療材料の生産は日本国外のアジア域内に広く分散し、保管倉庫を最小化しました。その結果、国内では在庫を多く持たず、遠隔地の地政学リスクや海上物流に日本の医療が左右されやすい構図となりました。

現在、腹膜透析(PD)最大手のヴァンティブ社(東京・港)は、ほぼ全ての腹膜透析液の生産を国内の工場で行なっており、海外からの物流への依存度は比較的低いと考えられます。この点からも、PDの普及は、医療の現場で行える持続可能な透析医療の解法の一つと考えられます。

■医療の持続可能性は「脱炭素」だけではない

みどりのドクターズは、前々回の連載記事(「プラネタリーヘルス」への挑戦(3) 「目に見えない温室効果ガス」と医療の関係)で、「医療の脱炭素」をテーマに、透析医療が大量の水やエネルギーを消費する点を指摘しました。

医療分野でもCO₂排出量削減への関心は高まりつつあり、省エネルギー化や廃棄物削減は今後ますます重要になると思います。みどりのドクターズでは、医療での適切なプラスチックの使用を求める国際署名もしてきました。

しかし今回の危機が示した「医療の持続可能性」とは、単に環境負荷低減を目指すだけではなく、必要な治療を止めないことでもあります。

複数の供給経路を持つこと。国内生産能力を一定程度維持すること。災害時や国際情勢悪化時にも継続可能な治療体系を考えること。さらには、腹膜透析や在宅医療のように、集中型インフラへの依存を分散させる選択肢を持つこと――。

たとえ短期的に経済コストが増えるとしても、それらを用意することは、「医療の脱炭素化」と「医療を止めないこと」を両立する、サステナブルな医療への長期的な社会投資になるのではないでしょうか。

みどりのドクターズ

みどりのドクターズ

気候変動をはじめとする環境問題を考慮した健康・医療のあり方を考える医療者を中心に、2022年5月に任意団体として結成。2023年8月に一般社団法人みどりのドクターズを設立し、医療従事者が主体的に気候変動対策を推進する日本最初の団体となる。2026年1月時点で130名を超える医師、薬剤師、看護師(保健師)、医療系学生およびヘルスケアに関わる職種が集う。グループ内外での勉強会や情報発信に加えて、ヘルスケア領域からの気候変動対策を推進するために活動する。

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