ロングインタビュー「この会社はすでに一族のものではない」

■社員・株主・顧客の中で社員が最も大事

――いずれにしても、社会に貢献したいという想いに変わりはないと思います。その中でそれをいかに実現していくかというなかで、最善化を動かしている「ボトムアップ」のやり方というのが実に興味深いというふうに思いますね。

伊奈:経営者として楽だからですよ(笑)。いや、本当。私自分でね、自分で言うのも何ですが、ラクしたい、なまけたいというのが私はあるのですよ(笑)。

――武田薬品元社長・会長の武田國男さんも同じようなことを仰っていましたね。でもそういう会社は日本ではかなり少ないです。

伊奈:そうですね。私も社長仲間がいっぱいいますけども、もっとみんな、ものすごく仕事していました(笑)。

――最初の議論に戻らせて頂きたいのが、経営する上で社員、株主、顧客、この三者のうちどれが最も大事だという順位づけはできますか。

伊奈:私は明確に昔から社員だと言っています。というのは、最近は社員も簡単に辞めていきますが、株主は明日になってやめようと思えば辞められるのです。社員というのはそんなに簡単に辞められない、いまは終身雇用が前提でもないけど、そういう感じの時代がずっとありましたからね。だから企業に対する打ち込み方はやはり社員と取引先と株主とお客さんと比べれば、やっぱり違う。 お客さんだって買わなくなればそれきりだし、取引先だって売ってくれなきゃそうです。株主だって株売ってしまえばサヨナラだし。でも社員はそうはいかない。だからやっぱり一番は社員だと、そういうふうに私は思っていました。

■米国でそれを言ったら社長が首を切られる

――それはいつごろからお思いになったのですか

伊奈:これはいろいろ、会社は誰のものかという議論の中で、必然的に思ったのだと思います。一応当時の答えは関係者みんなのものだというのが正解というふうに言われた時代なのですけどね。すべて等距離で、それに社会とかっていうのも加わって、すべての関与者と等距離だと。そのうちに、いつの間にか「株主が第一番」が答えという世の中になってきてしまった。

――そうするとやはりバブル時代のころからちょっとおかしくなったというか、M&Aが活発になり、買い占めがあり、やっぱり80年代くらいからですかね。

伊奈:よく経営者仲間で話し合っているときに、ほかの私の友達もやっぱり社員が大切だとかいうわけですね。いわゆる今でいうリストラなんて全然考えてもいないと言うと、外国の経営者に「お前、そんなこと言っているのは日本だけだぞ。(アメリカで)そんなこと言っていたら、まずおれが最初に首切られる」と、そう言われるのだそうです。そんな議論をしながら旅行したりしていたことなんかもよくあります。

――それはアメリカ人ですか。

伊奈:私の友人の別の経営者が、私が今言っているような話をしたら、外国の経営者が「そんなこと言っていたら、まずアメリカだったら一番先に私が首を切られる。株主が大事だと言わないと、自分がいられなくなるよ」ということを言われたと言っていました。本当にそうかねという話をした記憶があります。

――そうすると、ご自分でずっと経営されてこられて、退任されるときにどっちが正しいというような答えは見つかりましたか。

伊奈:私はやっぱり、いわゆる自分の考えていることというか、今でもこれは私に言わせれば、私は、これはそうあるべき姿じゃないかなと思っています。

■何十年も付き合えるという株主なら違う

――日本的経営と言ってしまえばそれまでなのですけど、僕はこれって日本だけではなくてどの国でも同じ様な気がします。いくらアメリカが個人主義とはいえ、今日就職して明日辞めるわけじゃないです。やはりそれなりの期間働くわけです。アメリカの会社でも社員のモチベーションを上げるというのは大事なプログラムの一つですし、別にアメリカの会社が使い捨てをしているとも思えないのです。

その中で、やっぱり社員が一番大事だとこう言い切れることの大切さというか、もっといろんな経営者が言っても良いと思いますね。上場していると、株主より社員のほうが大事ですとはなかなか言えないのでしょうが、でもそういう経営者がもっと増えても良い。

株主が大事か、社員が大事かって実はメンタリティの問題だけじゃなくて、会社の利益が出た場合、それを配当にどれだけ回すか、あるいはこれを昇給に回すかというのは、これはもうまさに数字の戦いがあるわけですよね。そのときに、ウチはもう配当は増やしません、でも給与は増やしますというふうな会社がもしあれば、これはある意味素晴らしい。でも上場している以上はなかなか圧力があるわけですよね。

伊奈:外国人株主が多くなってくると配当金圧力が出ますし株主提案はあるし。

――株主提案で配当増やせっていうのは、要するに従業員か俺たちかという、そういう論理にもなりかねないわけですね。

伊奈:要は短期でも伸びるというか、いつまでその会社とつき合っているかというか、その議論にもなるのですよね。本当にそのくらいずっと何十年も付き合おうと思っている株主だったら、いま配当増やしてもらう方が良いかはまた別の考え方だと思うのです。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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