「ESDとは何だったのか?」、世界会議を終えて

■ 閉会式で「戦争をしないで」

実際の会議では、先進国と途上国との格差、温度差が明らかになった。

「内戦で700万人の子どもが教育を受けられない状態だ」(トルコ)「平和なくしてESDは不可能」(パレスチナ)「資金がない」(スワジランド)

中東やアジア、アフリカ諸国から、教育以前の支援を求める声が上がった。「ESDはこの10年で目覚ましい成果を上げた」(スイス)などと、胸を張る欧米諸国とは実に対照的だった。

それを聞いた大人たちはさもありなん、でもどうしようもないと考えただろう。ましてや日本の教育で、世界の紛争をどう解決できようか、と。

ところがこれも一度、既成の教育を受けてしまった大人たちが、自らの経験や枠組みにとらわれて答えを出せないだけなのだ。子どもたちにとっては、そうした国々があり、目の前で議論が繰り広げられていること自体が生きた学び。だからESDとは何?と聞かれて、「ケンカをしないこと」と素直に答えられたのだろう。

3日間の本体会合の最終日、ESDの取り組み強化を各国に求める「あいち・なごや宣言」が満場一致で採択された後の閉会式。「ESDあいち・なごや子ども会議」の小中学生が「わたしたちはESDの主人公!」という横断幕を壇上で掲げた。そして各国の参加者の前で、「戦争をしないで」「どの国の人も教育が受けられる環境をつくって」などと訴えた。

会議を通じて若者(ユース)の参加がカギだと議論されていたこともあり、ユネスコの関係者は涙を流して聞いていたという。

「子ども会議」のサポーターを務めた法政大学2年生の水野翔太さんは「次の世代を担う若者や子どもの存在を大いに発信できた」と充実感をにじませつつ、「でも重要なのはこれから。むしろ世界会議後こそ、市民はESDを身近なものとして認識し、行政や企業もESDに積極的に取り組むべきだ」と前を見据える。

■ 「平等教育」を脱せるか

日本国内の動きでは、中部地域の教育関係者らでつくる「中部ESD拠点協議会」が伊勢・三河湾流域を対象にESDを推進する「中部モデル」を発表。認定NPO法人「ESD-J」は国レベルの拠点「ESDナショナルセンター」を設立し、地域レベルの取り組みを支援するべきだ、などと提言した。

同法人の会員企業を中心とした任意団体「ESD企業の集い」も、「企業によるESD宣言」を発信、「商品やサービスの提供など、それぞれの事業を通じて持続可能な発展に資することができるように、企業内での人材の教育・育成に力を注ぐ」「学校教育や生涯教育においても、企業ならではのリソースを生かした多様な社会貢献活動を通じて、ESDへの実践を積極的に行う」などの行動指針を示した。

しかし、中身はまだ抽象的で、賛同しているのも飲料、保険、銀行、小売り、インフラ、建設、電機などの企業・グループと商議所など14団体。愛知・名古屋が会場であったのに、自動車関連企業の名がないのは寂しかった。

グローバル競争でしのぎを削るモノづくり企業の経験こそ、ESDの「生きた教材」となるはずだと個人的に思っていたが、トヨタグループの関係者は「会議の運営支援に寄付金を出す以上のかかわり方が見えない」と消極的なままだった。

そのトヨタ自体は、JR東海や中部電力などと愛知県内に私立の中高一貫校を造り、「エリート教育」を進めている。世界に通用する人材育成は、温暖化や海洋資源などの国際交渉が求められる環境分野とも共有できるはず。そうした人材が今の日本の教育では生まれにくいからこそ、トヨタが自ら学校を造らねばならないのだろう。

行政が、平等教育へのこだわりを捨てられるか。企業が、公教育にも積極的にコミットできるか。そして、NPOや市民はそこに持続可能性の視点をインプットできるか。それぞれが覚悟を持って互いに歩み寄ったところで、日本発のESDがスタートするのではないかと感じた、世界会議をめぐる動きであった。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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