[書評:議会は踊る、されど進む]地方自治再生のヒントとなる「失敗事例」

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■「住民はいるが市民がいない」

市長の一存で400億円近い市の年間予算が決まるのは、およそ自治とは程遠い異常事態だ。しかし本書が示す東久留米の「失敗事例」からは、単に市長の力量不足では片付けられない、今の地方自治が抱える難点が見て取れる。

首長と議会の二元代表制の下では「数の論理」が物を言い、市長を選んだ民意が軽視されかねない。しかしそれ以上に、市長を当選させた市民が「バラバラ」で、しかも政策や実績を吟味することもなく投票してしまうような「責任のなさ」もまた浮き彫りとなる。「住民はいるが市民がいない」との市民の言葉が印象的だ。

本書はその処方箋を、同じ多摩地域の狛江市と小平市に探る。狛江では革新市政が4期16年にわたり続いたが、市長は市民への説明に力を注いだ。小平では雑木林を潰す都道計画をめぐり、「住民による見直しの是非」を争点に住民投票運動が盛り上がった。

しかし一番のネックは市民を覆う「無関心」だろう。本書で著者は、小平で住民投票運動に関わった哲学者の國分功一郎氏が語った「顔の見えるつながり」を一つのヒントとする。いずれにせよ、私たちにとって「民主主義」は成熟になお遠い、と思わずにいられない。

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2015年4月27日(月)17:56

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