事業会社と金融機関の「CSRの歯車」回りだす

2007年秋、欧・米・アジアで開催された4つのCSR関連会議に相次いで参加し、事業会社と金融機関が「CSR」という大きな歯車の中で動き始め た様子を目の当たりにした。その模様を簡単に紹介するとともに、新たな展開を見せる「CSRを巡る事業会社と金融機関の関係」について考えてみたい。

「直接」と「間接」で役割が異なるCSR

CSRには、「法令遵守」や「説明責任」など企業として果たすべき共通項目があるが、事業会社と金融機関とでは、求められるCSRが異な る。メーカー、小売、商社、流通などの事業会社の場合、原材料や部品の調達、モノの製造、輸送、販売などのプロセスにおいて、使用する資源エネルギー、労 働者の雇用環境、操業地のコミュニティ、消費地のライフスタイルなど、事業を通じた社会や環境に対する「直接影響」面に注目が集まる。
他方、銀行、証券会社、保険会社などの金融機関は、そのような「直接影響」を持つ事業会社の資金調達やリスク管理を業務としているため、事業会社の各種事 業が社会や環境に配慮するように、投融資などの金融サービスを行うことが期待されている。言わば、事業会社を経由する形での、社会や環境に対する「間接影 響」面がCSR上、重視される。

金融CSRも実効性が問われる時代に/The Sustainable Finance Summit
(9月18-19日、ロンドン)

本会議では、「赤道原則」と「責任投資原則」について様々な角度から議論が展開された。「赤道原則」とは銀行などがプロジェクト 融資をする際に社会・環境リスクを低減するために設けられたガイドラインであり、「責任投資原則」とは、機関投資家や運用会社が投資をする際に社会や環境 側面を考慮することを定めたガイドラインである。どちらも「(原則に基づいて)本業を遂行する」イニシアチブであるが、特に、2003年に採択され4年が 経過した「赤道原則」については、NGOのBank Trackから、その実効性に疑問の声が上がった。プロジェクトの実施主体である事業会社に求められている現地コミュニティとの協議が適切になされないま ま、融資が実行されているケースが多いという。事業会社の場合、「直接影響」のわかりやすさもあり、CSRに実効性が問われて久しいが、金融CSRにも数 年のタイムラグを経て同じような状況が起こり始めている。
15に細分化された金融CSRトピックについて、約150人が議論を重ねた会議であったが、このような会議が成立すること自体、欧州CSRに占める金融機 関のプレゼンスの高さを示していると言えよう。

事業会社にCO2排出の情報開示促す/Carbon Disclosure Project(CDP)報告会
(9月24日、ニューヨーク)

他方、両原則とは異なり、CDPは、その存在自体が「事業会社に働きかける」効果を持つ。具体的には、 低炭素社会の実現にフォーカスし、315の金融機関・機関投資家が41兆米ドルの総運用資産を背景に事業会社に対しCO2排出の情報開示を促すプロジェク トである。Merrill Lynchで開催された報告会では、ゲストスピーカーのビル・クリントン元米国大統領が低炭素社会に関する政治動向に触れながら、投資機会としての低炭素 市場についての展望を述べ、それを受けて米流通最大手ウォルマート社からは、自社の環境経営戦略「サステナビリティ360」の一項目である製品梱包材削減 のイニシアチブを紹介、コスト削減と収益向上に寄与している点を金融機関・機関投資家にアピールした。「実利」を追求する事業会社と金融機関・機関投資家 の“Call & Response”を垣間見たような気がした。

CSRに変容を促す気候変動問題/Business for Social Responsibility(BSR)総会
(10月23-26日、サンフランシスコ)

ファーマーズマーケット 総会への参加は、2000年、2003年に引き続き3度目となるが、2007年は、これまでCSRの一課題に過ぎなかった気候変動問題が、CSRの最重要 項目の1つに「昇格」していた。ハリケーン・カトリーナによる経済損失が報告され、会期中に拡大し続けた南カリフォルニアの大火事が1,000人を超える 参加者の関心を気候変動問題へと向かわせた。
米国の事業会社と金融機関の双方の「本気」は、①GEやデュポンなどの事業会社が気候変動ビジネスに関する収益や開発投資に数値目標でコミットする、② 「ビッグ・ボーイズ」と呼ばれる米国の巨大金融機関が機関投資家向けに気候変動に関する詳細な投資機会情報を提供する、③事業会社と金融機関が気候変動関 連規制の早期成立を見越して「気候変動パートナーシップ(USCAP:United States Climate Action Network)」を組織し、自社に有利な形で議会にロビイング活動を行う、更には、④ゼロックス、ファイザー、ペプシコなどの事業会社と、カルパースや カルスターズなどの機関投資家や金融機関が、双方の行き過ぎた短期志向を改めて長期志向に転換することで企業価値向上を目指す「アスペン(Aspen)原 則」に共同署名するなど、すでに具体的な行動として現れている。

CSRを阻む構造的な社会問題/CSR Asia Summit
(11月1-2日、香港)

事業会社と金融機関のCSRを巡る関係は、CSR Asia Summitにおいても別の形で見られた。基本的な構図は、HSBCやABN-AMROなどの金融機関、そして、香港をベースにSRIの普及に奔走する NGOのASrIAなどが、事業会社に対して社会や環境に配慮した事業経営の重要性を示すというものであった。しかし、アジアの場合、構造的な社会問題、 特に、貧困問題、人権問題、規制を回避するための不正や汚職の問題などが存在する。そして、それらが複雑に絡み合い、製品安全問題を発生させている。コン トロール・リスクス社からは、対アジア向け投資の阻害要因のトップに不正や汚職問題があるとの調査結果も報告された。会議の主催者団体であるCSR Asiaは、米玩具大手マテルによる中国製玩具のリコール問題に触れながらも、先進国企業側がアジアのサプライヤー企業の声をしっかり聞くことが問題解決 の糸口となるとコメントした。

社会の持続可能性に対する脅威がビジネスルールのCSR化を促し、政策に影響を与える。欧米の事業会社や金融機関は、その中で、いかにルールメーカー側に 立ち、そのCSRルールをアジアに浸透させるかに莫大な初期投資をしている。噛み合い出した事業会社と金融機関のCSRの歯車が本格的に回り始めるかは、 機関投資家の動向に依るところが大きい。金融CSRを推進する者として、多様な視点が得られた会議であった。

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