「聞こえない」障壁、職場や日常でどう取り除けるか

タクシーや店に忘れ物をしたとき、クライアントとの約束の時間を直前に変更したいとき――。聞こえないこと、電話ができないことによる障壁は日常のいたるところにある。職場や日常でどのように障壁を取り除くことができるのだろうか。特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスター(IGB)の伊藤芳浩理事長が1月24日、経営倫理実践研究センターのダイバーシティ・マネジメント研究会で「情報バリアの解消」について講演した。(オルタナ副編集長=吉田広子)

差別による障壁を説明する特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスターの伊藤芳浩理事長

内閣府の調査によると、日本で障害者手帳を持つ聴覚障がい者数は約35万人だが、難聴や高齢者など聴覚に障がいを持つ人を含めると、その数は約1400万人(人口の11%)に上る(日本補聴器工業会調べ)。聴覚障がいといっても、障がいの程度や特性、コミュニケーション手段も手話や口話などさまざまだ。

例えば、音として聞こえていても、雑音のように聞こえたり、穴埋めパズルのように聞こえたりするため、内容を理解できない場合もある。

自身も「ろう者」であるIGBの伊藤理事長は「聞こえない状態とは、『聴力』だけの問題ではない。日本では聴覚障がい者の判定基準が厳しく、適切な支援を受けられていない人が多い」と指摘する。

伊藤理事長は名古屋大学理学部物理学科卒業後、大手IT系企業にプログラマーとして入社。スーパーコンピューターや業務アプリの開発、システムソリューションのデジタルマーケティングなどに携わってきた。

勤務先について「先進的な職場で新しいことを何でもやらせてくれる。選択肢や裁量もたくさん与えられてきた。聴覚障がい者を多く採用し、上司やメンターなど社内コミュニティーも整っている」と話す。

一方で、働く環境が整っておらず、職場定着できない、キャリアアップできない聴覚障がい者の事例も数多く見てきた。そこで社会に存在する「情報バリア」を解消したいという思いから、2011年にIGBを設立。企業に勤めながら、NPOを運営し、パラレルキャリアを実践している。

■「聞こえない」ことを想像してみる

「聞こえないこと」で、日常でどのような問題があるのか。例えば、急に電車が止まったとき、車内放送が流れても、なぜ止まっているのか、いつ発車するのか、理解できずに不安な気持ちになる。

口形を読み取る「口話」でコミュニケーションを取る人はもちろん、手話でも口形や表情を使うので、マスクは困りものだ。TVコマーシャルには字幕が付いていないことが多く、企業や商品の魅力が伝わらず、店頭で安いものばかり買ってしまうという声もある。

視覚情報がない、音声中心の会議では議論についていけない。最後に議事録を確認するだけでは、会議の途中で発言することも難しい。「聞いても分からないだろうから会議に出なくていい」と言われることもあるという。朝礼の内容も、たとえ重要事項でないにせよ、何が起こったか分からないと不安になる。

「24時間365日、そうした状態にあるのは精神的な負担が大きい。言語が分からない海外に行ったときの気持ちを想像してもらえれば。リアルタイムで情報を得られないなど、一つひとつは小さなことでも、その積み重ねが大きな情報バリアになっていく」(伊藤理事長)

災害時には、警報音やサイレンに気付けず、命にかかわることもある。緊急時に電話で助けを呼ぶこともできない。

■職場や日常でできる配慮とは

伊藤理事長は、職場で配慮できることとして、次の4点を紹介した。

・情報が確実に伝わったかどうか気を配る
・発言するタイミングを与える
・(誰が話しているか、何が起こっているか音で認識できないので)必ず視野の範囲内でコミュニケーションする
・(一人ひとりの手や口の動きで話を理解するので)同時に話さないようにする

さらに、公的機関や民間の通訳サービス、音声認識アプリなども紹介した。会話を見える化するアプリ「UDトーク」は、音声認識技術によってリアルタイムで音声がテキスト化される。議事録作成にも役立ち、会議全体の生産性も向上する。

IGBは、聴覚に障がいがある人でも自由に電話ができるようになるサービス「電話リレーサービス」の普及にも力をいれる。通訳オペレーターが「手話や文字」と「音声」を通訳することで、聴覚障がい者と聴者がリアルタイムで双方向のコミュニケーションができるサービスだ。

世界20カ国以上では、公的なサービスとして実施されているが、日本では一部の民間サービスのほか、日本財団がモデルプロジェクトとして実施するにとどまっている。

伊藤理事長は「突発的な事故や病気、高齢化など、どんな人にも起こりうる問題。ITの発達によって、情報バリアは少しずつ取り除かれてきた。一方で、そうしたツールを使えない人たちの問題も残る。聴覚障がい者自身が、情報バリアによる不都合を認識しづらいのもあり、聴覚障がい者が抱える問題が一般に認知されにくい。誰もが平等に情報を得られる社会を実現したい」と力を込めた。

【訂正】
手話でも口形を使うことから、本文を下記のとおり訂正いたしました(2018年1月27日11時30分)。

(誤)
手話ではなく、口形を読み取る「口話」でコミュニケーションを取る人にとって、マスクは困りものだ。

(正)
口形を読み取る「口話」でコミュニケーションを取る人はもちろん、手話でも口形や表情を使うので、マスクは困りものだ。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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