統合報告が目指すべき、真の統合(後編)

何回かにわたって、近年の統合報告の趨勢について、広まるサステナビリティ(社会や環境の持続性)と財務価値の調和への期待と共に、「価値」の観点が投資家および財務中心になりすぎているのではないかという懸念についてお伝えしてきました。最後に、財務価値はあくまで価値の一側面であり、最終ゴールではない点を再確認して、このシリーズを終えたいと思います。(中畑 陽一)

■何のために成長しなくてはならないのか

私が時折読み返すレポートがあります。2010年に大和総研の河口真理子氏が寄稿した「成長神話からの脱却を考える」です。ESGに関わる全ての方に読んでいただきたいレポートです。資本主義においては成長こそが絶対的なルールのように扱われますが、そもそも何のために成長しなくてはいけないのでしょうか。

このレポートは市場経済における価値観のパラダイムシフトを明快に伝えています。一定以上GDPが伸びてもその国の幸福感には寄与しないという現実は、必要以上に消費と成長を急き立て、一方で従業員やその家族、取引先やその家族の時間や健康を、そして自然資源を浪費し、場合によっては企業自身の未来まで危機にさらさなくては立ち行かないこのシステムがバランスを欠いていることを伝えています。

前回述べたように、私は高い成長性や高い利益率で投資家に還元することを重視する企業が評価される価値観もあれば、低い成長性や少ない利益でも従業員や取引先、寄付や環境保全として社会に還元する価値観もあるべきだと考えています。実際に、長寿企業の多くは誰もが知る大企業ではなく、少人数で地道に本業に取り組んできた企業ということがうかがい知れる調査もあります。

何がその企業の価値であるか、何が企業のステークホルダーの価値かによって異なりますが、少なくとも、最終的なゴールが財務的な成果のみではないことだけは、共有しておかなくてはいけないと思います。「ESGが長期的に利益になるから正しい」というロジックのみで考えるべきではないということです。

■何のために儲けなくてはならないのか

そうは言っても、実際には利益が出ないと、赤字になったら税金も払えない、倒産したら取引先や銀行にも大迷惑だ、と考えるかもしれません。もちろん、企業が立ち行くために最低限の利益は必要です。要はバランスが重要だということです。

1997年にイギリスのジョン・エルキントン氏が提唱したトリプルボトムラインという考え方は、経済・社会・環境価値を文字通り「トリプル」で高めていく企業の在り方を示しており、ESGやCSRの推進役となっている国連PRI(責任投資原則)や、サステナビリティ報告の世界基準とも言えるGRI(Global Reporting Initiative)の基本的な考え方となっています。

ESGがどのように財務成果(資本効率を含む)になるかよりも、財務成果を出すために、社会や環境の価値を棄損していないか、さらには、創出された財務成果がどう社会や環境の価値に結び付くのかこそが、最終的には重要ではないでしょうか。

何が価値かは人によって大きく異なります。それぞれ大切にするものが異なり、議論を繰り返す必要があり、答えはなかなか出ないかもしれません。しかし、「いつかは財務的な成果につながるから従業員や環境を大切にしよう」から、「(長期的にも)財務的な成果はまずまずだが、従業員満足度が上がり、環境保全もでき、総合的に価値創造できるからやってみよう」という考え方をこそ促進すべきではないでしょうか。

「統合報告」が、資本主義が課題を克服して真に社会の持続可能性のために寄与していくツールになっていくことを心より願っています。また、それを見守り、参加していくことも、私たち一人ひとりの役割であると思います。

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中畑 陽一(オルタナ総研フェロー)

静岡県立大学国際関係学部在学時、イギリス留学で地域性・日常性の重要性に気づき、卒業後地元の飛騨高山でタウン誌編集や地域活性化活動等に従事。その後、デジタルハリウッド大学院に通う傍らNPO法人BeGood Cafeやgreenz.jpなどの活動に関わり、資本主義経済の課題を認識。上場企業向け情報開示支援専門の宝印刷株式会社でIR及びCSRディレクターを務め関東・東海地方中心に約70の企業の情報開示支援を行う。その後、中京地区での企業の価値創造の記録としての社史編集業務を経て、現在は太平洋工業株式会社経営企画部にてサステナビリティ経営を推進。中部SDGs推進センター・シニアプロデューサー。

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