森林ボランティア活動の難しさ

岩崎 唱
ライター、元森林関係のNPO 事務局長
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2009年に森のライフスタイル研究所というNPOのHPのコンテンツ制作をお手伝いしたことがご縁で、その団体が主催していた森づくり活動にも参加するようになったのは東日本大震災後の2011年からだった。近年は事務局長の要職まで拝命し、何が本業かわからない状態が数年続いていたが、2018年の3月いっぱいで思うところがあって退任させていただいた。約9年間、ごく狭い範囲ではあるがボランティアによる森林整備活動の実際を体験することができたのは得難い体験だった。その中で、ボランティアによる森林整備活動の難しさも痛感した。

森林ボランティアによる植樹活動 長野県佐久市(2012年4月)

■長期展望の欠如が森林を、林業を衰退させた

日本の森林は荒れている、と言われ続けている。人工林では除間伐などの保育作業を怠った荒れた森が多くみられる。ひょろひょろと細長い木が密集し、お線香が立っているように見えることから線香林などと呼ばれる。雨や風の被害を受けやすい。

こうなってしまった原因の一つに挙げられるのが、昭和30年代から国の音頭で進められた拡大造林だ。「どうやってこんな奥山まで植えたの?」というところまでスギやヒノキを植えまくってしまった。当時は、孫子の代には植えた木が建築用材としてどんどん出荷でき、100年後には文字通り宝の山となるはずだった。ところが様々な理由から木材の需要が低下し、材価が低迷し、ご覧の通りの有様だ。

日本で最初の民間分譲マンションが売り出されたのは1956年(昭和31年)(※)。それ以降、都市部の住宅は一戸建てから鉄筋コンクリートのマンションに変わっていき、木材は建築材としての主役ではなくなっていく。

さらに昭和39年(1964年)に木材の輸入が全面自由化される。実は、昭和30年頃までは、戦後の復興のため木材の需要は高かった。戦時中に木材が大量に伐りだされたこともあり、日本の森林資源は枯渇し、需要に応えられず材価の高騰が続いていた。木は、農作物のように春に植えて、秋に収穫できるというわけにはいかない。少なくとも60年から90年ぐらいは経たないと建築材として利用できる太さに育たない。自由化はその間の需要を補うための施策だったのだと思う。しかし、自由化により、安価な外国材が市場に流通し、材価の下落を招き、林業の首を絞めてしまうとは当時の関係者は思わなかった。

一方、1960年の燃料革命により石炭から石油、天然ガスに燃料の主役が転換する。石油、ガスの普及し、炭や薪を使わなくなる。農地が少ない中山間地では、棚田や畑と合わせ、薪や炭の生産、蚕の飼育などが生計をたてる手段となっていたが、薪や炭が売れなくなった。養蚕は、明治時代には日本の主要な外貨獲得の産業に成長していたが戦争によって海外市場を失ったことで衰退し、戦後復興し国内需要が回復するが、1962年(昭和37年)の生糸輸入自由化を経て輸入生糸に押され、化学繊維の普及で養蚕業は壊滅する。

地方から大都市への人口の流出が始まったのも燃料革命が起こってからだという。自由化によって山村地域のエコシステムが崩壊したと言えないこともない。

こうしたことを顧みると、長期展望の欠如がこうした結果を招いていると思えてならない。近視眼的にそのときどきの結果だけを求めて、その場しのぎの打算的な施策の繰り返しが、取り返しのできない事態を招いているように見える。近年になって、その傾向はさらに強くなっていると感じるのは、森林経営管理法を見るまでもない。

森林ボランティアによる下草刈り活動 長野県佐久市(2012年7月)

■森の時間を感じて、自然と寄り添って生きていける社会を

ボランティアの話から少々脱線しているが、林業に関する様々なことがなかなかうまくいかないことの原因の一つに、人の時間と木の時間の差があると思う。農業と違って、木は植えてから収穫まで人の一生を超える長い時間が必要だ。長期展望なくしては森と人の関係性はうまく行かない。

2011年から約7年間、NPOの森林整備活動を体験して思うのは、長期間にわたり一つの森に寄り添うことの難しさだ。助成金、補助金が断たれれば、志半ばでも諦めざるを得ない。植樹をしてから、下草刈りが不要になる5年から7年間、森の世話をしていくのは並大抵のことではないし、その先の除間伐の作業を考えると気が遠くなる。ボランティアをする人、NPOを運営する人、支援してくださる人、それぞれが“森の時間”でヴィジョンを描くことが求められる。しかし、現代社会で100年先、200年先、300年先のことを思い描くのは難しい。ましてや、投資した結果が見えるのが、そんなに先では誰も見向きもしないかもしれない。また、森林の価値もあまりに大きすぎて、普段の生活では価値を感じることができない。しかし、その大切さが実感できるようになったら、そのときは手遅れかもしれない。そろそろ人間たちは文明という名のもとに自然を破壊しながら、今だけの富を貪ることから卒業し、長く、大きな展望を持ち、森や自然と寄り添って生きていくことを真剣に考えていかなければならないのではないかと思う。近視眼的ではSDGsなど夢のまた夢だ。以上、自戒の念を込めて記しておく。

いずみホーム 分譲マンションの歴史 
※写真は、本文の内容とは関係ありません。

岩崎 唱
ライター、元森林関係のNPO 事務局長
フリーランスのコピーライター。「緑の雇用担い手対策事業」の広報宣伝活動に携わり、広報誌Midori Pressを編集。全国の林業地を巡り、森で働く人を取材するうちに森林や林業に関心を抱き、2009年よりNPO法人 森のライフスタイル研究所の活動に2018年3月まで参画。森づくりツアーやツリークライミング体験会等の企画運営を担当。森林、林業と都会に住む若者の窓口づくりを行ってきた。TCJベーシッククライマー。

2018年9月27日(木)16:00

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