「感性の時代、子どもの落書きをアートに」原田勝広

原田勝広
オルタナ論説委員
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智に働けば角が立つ、と書いたのは文豪、夏目漱石である。何か問題がある時、理性で論理的思考を追求することは大事だが、何でも理屈で解決できると、われわれは思いあがってきた。しかし、論理的、理性的なアプローチは実は限界にきているのが現代である。これが正しいと思っても正義は人によって違う。資金と人をつぎ込み、いいことをしているつもりでも、実は自己満足だったりする。そこで、言われているのが論理を超えた「感性の時代」。楽しさと美しさを感じる心で、難題を挑んでいこうというわけである。

人間の脳で言えば、左脳が論理的で筋道立てて考えるのに対し、右脳は感情豊かで、人の気持ちを汲み取り、思いやりを発揮する。成長するに従って左脳が優位になるが、いま社会の課題を解決するには、いかに右脳を活性化するかがカギとなる。

横浜市内のカフェ。ピアノの生演奏が静かに流れるなか、地域の子どもたちが親子で集まっている。「目を閉じたままでよく音楽を聴いてね。何か見えてきましたか。感じるまま、ペンの動く通りに紙に絵を描いてください。森でも海でも花でもなんでもいいんですよ」。

ハンチング帽に派手な原色シャツ姿で声をかけているのは、一般社団法人ユニゾグラフ藝術研究所(愛知県瀬戸市)の発起人・理事の三輪健郎さんである。子どもの「落書き」と「ユニゾン」(融合する)を合わせた団体名の通り、子どもたちが自由に描いた絵を集め、パソコンソフト「アドビ・フォト・ショップ」を使ってスキャナーし、形の変形、色の調整をしながら多色刷りの版画のように1枚の絵に仕上げる。

この日は、地域の親と子のつながりをテーマにした催しだ。子どもはリラックスし、親はややとまどいながらも楽しそうにペンを走らせている。

これまでに各地で同様のプロジェクトを行っているが、特に関心の高いテーマは「被災地」「紛争」「貧困」に苦しむ子どもたちの支援である。ウガンダでは、少年兵や性のために動員された女の子たちの社会復帰のための施設で、「平和になったら何ほしい?」をテーマに絵を描いてもらった。キラキラと目を輝かせる子どもたち。お金や車、家を描いた子もいたが、太陽と草花、チョウチョを見事に描いた子がいた。「太陽は生命、草花は平和、チョウチョは愛の使者ですからね。子どもには本当に絵心が存在する」と三輪さん。「絵に取り組むことが生きるための希望の再生に役立った」。

東日本大震災の時は宮崎にいた。子どもたちが故郷の風景の記憶を失ってしまうのではと危機感を持ち、現地に行こうと思った。子どもは後で、交通費も出せないと現地自治体に言われる中、福島・南相馬に駆けつけた。子どもがひまわりの絵を描いた。

聞くと「家の近くにいっぱい咲いていたのに、それが津波で流れた」と懐かしがった。親はその風景を知らなかった。故郷の懐かしい風景を記憶にとどめることで、傷ついた心が癒されることもある。宮城・石巻では「故郷の一番いいところ」テーマに開催。イベントに参加した子どもの横で、母親が「夫ばかりか両親、友人をすべて失い、死んでしまいたいと思ったこともあるが、この子がニコニコしながら毎日抱きついてくる。娘に命をもらっている」と涙をぬぐった。この子らが描いた絵を復興応援旗に仕上げたところ、漁師さんたちが初出航の日、大漁旗の代わりにこの落書きアートをマストに掲げてくれた。

支援、絆とか言葉ではいくらでも立派なことがはいえる。物の援助も大事だ。しかし、それだけか。言葉と違って絵にはウソがない。理屈なく美しい。かわいそうだから絵を描いてもらうのではない。子どもがいてくれるおかげで、一緒に絵を描くことができる。 支援ではなく対等の関係。実は三輪さんは一度離婚している。その時、息子は1歳だった。5歳の時、その子が楽しそうに描いた落書きの美しさに驚いて、このプロジェクトを思いついたという。

「子どもたちの才能は偉大。一人ひとりがピカソであり、画伯だ。大人が打ちのめされるくらいすばらしい作品もある」。確かに、出来上がった作品を見ると、とても落書きとは思えない、立派なアートだ。

善意で始めたプロジェクトだが、三輪さんは、「いいこと」で終わらせる積りはない。活動をサステイナブル(持続可能)にするため、ビジネスの視点を持ち込みたいと考えている。既に子どもたちの原画からアート作品を生み出し、Tシャツなどアパレル商品やバッグとして提供している。それで得たお金を子どもたちに分配し、紛争地の子ども支援で提携したNPOに寄付もしている。この試みをさらに広げる腹積もりだ。

こうした中、最近、思いがけない出来事があった。この落書きアートのすばらしさに、高野山別格準本山・恵光院が関心を持ってくれ、カンボジアの子どもたちの絵をもとにした「瀑」と東北支援プロジェクトの作品「月光囁」の屏風2点を奉納したのだ。

感性がアートの形をとって社会を変えていく時代を感じる。大いに期待したい。

(完)

原田勝広
オルタナ論説委員
日本経済新聞記者・編集委員として活躍し日本新聞協会賞を受賞。明治学院大学教授に就任後の専門はCSR論、NGO・NPO論、社会起業家論。2018年より現職。著書は『CSR優良企業への挑戦』『ボーダレス化するCSR』など多数。

2019年1月22日(火)10:19

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