サステナビリティ人材の育成におけるメディアの役割

■木幡美子氏(フジテレビジョン)
はじめに、同社CSR推進室が2018年に作ったスローガン「伝える、変える SDGs」について、テレビ局の本業は「伝える」ことにあり、SDGsに取り組んでいこうというメッセージを言葉で伝え、世の中に知ってもらい、一人一人がアクションを起こすことで世界を変えるきっかけが作られる、と説明しました。テレビ局は常々「伝える」を行いながらも、なかなか「解決する」に至らないが、CSRは解決への一歩が導かれるものである、との考えを示しました。

同社は2006年に民間放送の中では一番早くCSR専門部署を設け、以降本業を通じた「伝える」CSR活動を多岐に渡り行っており、バランスの良い食事と運動の大切さを教える食育の出前授業、話し方やコミュニケーション能力の向上を目指したアナウンサーの出前授業、被災地域の避難所に出向いてイベントを開催する被災地復興支援といった社会貢献活動を実施しています。

テレビ局のメイン事業である番組作りにおいては、かつて社内ではCSRのプレゼンスが決して高くなかったこと、制作費の問題、テレビ局の特性として「今」にフォーカスする傾向にあることを挙げて、長期的視点で物事を捉え伝えることの難しさがあるゆえ、CSRをベースとした番組制作は容易ではなかったことを説明しました。

しかし、高い環境問題意識を持つ一人の記者によって2017年に作られた番組「環境クライシス」は、インドでの気候変動に伴う海面上昇や干ばつ被害等に見舞われている地域、厳しい気象環境の中生きる人々を取材した内容で、放送後大きな反響を呼んだことが紹介されました。続く2018年は世界最悪の大気汚染にさらされるモンゴルの現状を、さらに翌年には豪雨による都市水害・洪水水害が頻発するインドネシアの環境難民を取材して放送しました。このことが同社のCSRをベースとした番組作りの契機となったといいます。

以降、SDGsをテーマとした番組へと繋がりを見せることとなり、短い番組を毎週レギュラー放送して人々への啓蒙を高める「フューチャーランナーズ~17の未来~」が2018年にスタートしました。この番組は2018年11月に開催された国連のイベント「世界テレビ・デー」にて、映像コンテンツを通じたSDGsへの取り組みとしてピックアップされ、同年12月の第2回「ジャパンSDGsアワード」ではメディア初の特別賞を受賞しました。

木幡氏は、スポンサーや番組制作チーム、課題解決のために動く人々等、多様なステイクホルダーに共通して存在する「解決したい課題」を、メディアが間に入って繋げ、仲介し、作り上げていく、これがメディアの役割と言えるのではないかとの見解を示しました。

■堅達京子氏(NHKエンタープライズ)

同社は2007年に国連IPCC(気候変動政府間パネル:Intergovernmental Panel on Climate Change)の議長ラジェンドラ・パチャウリ氏へのインタビューを行い、異常気象による犠牲者が急増し対策が急がれる中、最新のデータに基づく地球温暖化の実態と、温暖化防止の処方箋を探る番組を制作、放送しました。

堅達氏はその番組制作において、また、同年のIPCC第4次評価報告書発表を受けて、「自身もそれなりに報道や環境への意識を持ってマスコミに入ったはずなのに、地球環境の悪化、温暖化問題の悪化がこれほどまでに進んでいるという事実に、この時強烈に気付かされた」と述べました。それ以降、気候変動を伝える番組を数多く制作する中で、大きな課題が見えてきたといいます。

まずは視聴者に興味を持ってもらうために情報を分かりやすく整理し、見た目を整えることで、環境問題への敷居を低くすることの重要性を示しました。

具体例として、2015年パリで開催の国連COP21(気候変動枠組条約第21回締約国会議)に先駆け行われたキャンペーンでは、公共放送・民間放送のお天気キャスターやキャラクターとともに、気候変動による様々な影響を訴えるためのビデオ「2050年の天気予報」を制作しました。

2017年12月放送のNHKスペシャル「激変する世界ビジネス“脱炭素革命”の衝撃」では、COP23に参加するJapan-CLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ:Japan Climate Leaders’ Partnership)に同行して、世界と日本の気候変動に対する考え方の落差を取材し、火力発電所の輸出問題等にも触れ、非常に大きな反響があったことを紹介しました。

また、2019年4月に放送したBS1スペシャル「“脱プラスチック”への挑戦 持続可能な地球をめざして」では、プラスチックと地球温暖化の関係を明らかにした上で、循環型の経済を目指すビジネスの最前線を紹介しながら、このままでは地球が持たないほど温暖化が加速しているという背景を伝えました。

科学者達が声を大にして訴える危機感を世の中に伝えていくためには、例えば、専門用語が多く科学的知識も必要となるIPCCの報告書を、我々メディアが読み解いて人々の行動の基礎となるキーメッセージを伝える姿勢が重要である、との見解を示しました。

さらに、IPCCの1.5℃特別報告書には、2030年までに二酸化炭素排出量を2010年比で45%削減し、2050年までに実質ゼロにする必要があること、2015年のパリ協定で地球の平均気温上昇を1.5℃に抑える努力をすること、パリ協定の目標達成のため排出できるCO2の量が決まっているカーボンバジェット等について記載があるものの、欧米では当たり前に知られている一方で日本ではあまり伝わっていないことから、欧米と日本の間の情報量に大きな相違があることを指摘し、これらの情報を伝えていくことが我々メディアの責任である、と述べました。

最後に、気候変動を訴えるためにヨットでNYの国連気候アクションサミットへ向かったスウェーデンの少女グレタ・トゥーンベリさんのアクションや、子供達による気候ストライキ「未来のための金曜日」がSNSを通じて世界180万人以上に広がったことを紹介し、特に若い世代に対してメディアがSNSを通じて行動に繋げていくように促すことの必要性を示しました。

■議論「メディアに期待される役割とは」

各社の取り組み紹介の後に行われた議論では、司会の牛島氏よりセッション参加者へ向け、サステナビリティに関する情報を主にどこから入手しているのか質問がなされ、「セミナーや講演会」を通じて情報を入手する回答が一番多く、続いて「新聞」「SNS」という結果が見られました。

セミナーや講演会は自ら申し込んで参加し、新聞やSNSは自ら情報を取りに行く行動であることから、サステナビリティに高い関心を持つ人は能動的に情報を入手していることが分かりました。同時に、メディア側から積極的にサステナビリティ情報を発信することで、社会全体のサステナビリティ意識が変わる、との意見も多く示されました。

また、参加者からは、サステナビリティ人材の育成やサステナビリティ・マインド醸成のためには、映像が持つ訴求力を使い、様々な番組へサステナビリティの意識を埋め込むこと、セクターを超え多様なステイクホルダーをメディアが繋いで協働させながら分かりやすく情報発信をしていく必要性、さらに新聞・テレビ・WEB等クロスメディアを連動させ、社会へ向けてサステナビリティ意識の啓発を期待する声が上がりました。

これらの意見を受け登壇者は、番組へ寄せられる感想や批判、要望等といった視聴者からのダイレクトなアクションがメディアを動かすこともあるといい、情報を伝える側はこのような社会からの声によって今一度自分たちの役割を認識し、社内で問題意識を共有していくことが重要であると語りました。社会とメディアの相互によるアクションが、サステナビリティ意識を育てる良いサイクルを生み、社会全体のサステナビリティ・マインド成熟へと繋がることが示されました。

◆笹森友香
企業と社会フォーラム(JFBS)事務局
文部科学省所管独立行政法人にて各国政府の留学生支援に従事し、その後西洋美術・日本美術の普及・広報事業を経て、現職。教育企画・運営を行うNPOにおいても活動中。

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齊藤 紀子(企業と社会フォーラム事務局)

原子力分野の国際基準等策定機関、外資系教育機関などを経て、ソーシャル・ビジネスやCSR 活動の支援・普及啓発業務に従事したのち、現職。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、千葉商科大学人間社会学部准教授。

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