消えた自転車人形 (希代 準郎)

◆「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(46)

 セーヌの川面がキラキラと春の光をはね返している。米国のミネアポリスでジョージ・フロイドという黒人が白人警官に首を押さえつけられて殺されたという痛ましいニュースが繰り返し流されている。河畔を歩きながらルフィンは訪れたばかりのニューヨークの華やかな街並みを思い返す。虚飾の闇。光が明るいほど闇は深いのだろうか。
 ルフィンの故郷、西アフリカのベナンはどうだろう。その昔、ヨーロッパ人商人を相手に奴隷貿易を行ったらしいが、奴隷たちはハイチ革命を担い世界初の黒人独立国家をつくり上げた誇り高い男たちである。フロイドさんの先祖はアフリカのどこなのだろう。
 目当ての原始美術館に着いた。ルフィンはアフリカのコーナーで自分の作品「トランペット吹き」にようやく再会した。廃棄された自転車の部品から制作した高さは30cmの人形だが、ベルを土台にして細かい部品で組み合わせた労作だ。作者不詳とある。僕の作品なのに。
 それにしても懐かしい。工夫したのはハットを頭に乗せた男が右指で音程を調整するピストン部分で、3本の細い管を溶接した。ラッパの先端が丸く開いたトランペットはユーモラスだが、今にも鋭い高音を発しそうなリアリティにあふれている。首がバネになっていて躍動感に溢れている。
「驚いたな、本当にこんな立派なミュージアムに鎮座ましましていたとは」思わず、クスッと笑ってしまった。
 自宅近くに、廃品から芸術作品をつくる変わったアーティストがいると聞いて習うことにしたのは3年前のことだ。去年、コンテストがあり、この自転車人形の彫刻を出品したところ、思いがけなく県知事賞受賞という栄誉に輝いた。しばらく知事公舎に展示されているはずだったが、なぜか、行方不明になってしまった。ところが、たまたま、パリに旅行した知り合いが、あの人形を見たと連絡をくれたのだ。大学の卒業旅行で米国からヨーロッパを回ることにしていたので、まさかとは思ったが、こうしてパリに立ち寄ったのだ。不思議なことがあるものである。世界のプリミティブ・アートを展示するという構想の下に最近できたばかりの新しい美術館。ここになぜ。

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希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

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