拡大目指さない「小さな農」が注目

【写真】市民農園で収穫した野菜。駐車場1台分の畑でも、結構な量が収穫可能(斉藤撮影)

菅直人首相は1月4日の年頭記者会見で、貿易自由化を促すTPP(環太平洋経済パートナーシップ協定)への参加について、6月にも方針を決めると発表した。参加が実現すれば、国内農業は安い輸入農産物で影響を受けるのは必至とみられる。企業参入による大規模化や効率化を通じた農業改革が叫ばれる中、その対極に位置する形で「小さな農」が注目を集めている。キーワードは「丁寧」「安心」「自給」だ。

■大規模化よりも「丁寧」が大事

「『TPPについてどう思うか?』とよく尋ねられます。(中略)誤解を恐れず言えば、『賛成』です。TPPは参加するしかないと思っています」

神奈川県藤沢市で養豚業を営む「みやじ豚」の宮治勇輔社長は昨年末、自身が執筆するメールマガジン「農家のこせがれ通信」でこう表明した。

20代で会社をやめて実家の養豚業を継いだ宮治氏は、豚に与えるストレスが少ない「腹飼い」と呼ばれる飼育方法や飼料の厳選などにより、自身の農場で育てた豚を「みやじ豚」としてブランド化することに成功。みやじ豚は「臭みがなくおいしい」などと好評を博している。

おいしさと高い品質を保つみやじ豚だが、それを可能としているのが規模拡大を目指さない「小さな農」の実践だ。前出のメールマガジンで宮治社長は「今の頭数で丁寧においしい豚に育てることを続ければ、きっとこのメールを読んでくださる方が応援してくださるという確信がある」と続ける。大規模化や合理化よりも、生産者と消費者が見える関係で安全・安心な食を提供する方が生き残れるという経営判断だ。

■自給農で「希望」が手に入る

他方、農産物を人任せにせず自分で作ってしまおうという「自給農」の動きも顕著となっている。昨年11月末に発売された高坂勝氏の著書『減速して生きる ダウンシフターズ』(幻冬舎)は、経済成長が前提の社会システムに組み込まれる生き方を改め、収入と消費を減らして農や好きなことに打ち込むことで豊かな生活を実現する「減速生活」を提唱する。

都内でバーを営む高坂氏だが、自らも千葉県内に水田を借りて米と大豆の自作に挑み、約3畝(320平方メートル)から150キログラムの米を収穫する。この稲作に必要な労働は年間約20日。現在、埼玉県の面積に匹敵する耕作放棄地が存在するが、高坂氏は著書で「自身と同じ規模で自給農を始めれば、2400万人が自給できる計算となる」と述べている。社会が大きく変化しても、半分でも食を自給できれば生きる希望が生まれる、という考えだ。同書は発売から1ヶ月で早くも重版が決まった。

TPPが目前に迫る中、小規模農業の効率の悪さばかりが槍玉に上がる。しかし成長を前提とした農業改革の議論では、小規模だからこそ手に入る安心や希望は掬い取れないようだ。(オルタナ編集部=斉藤円華)2011年1月6日

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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