田坂広志氏「再稼働は国民の納得が大切」

都内の事務所で「原発再稼働には国民の納得が大切」と語る田坂氏(撮影=形山昌由)

原発政策や自然エネルギーを巡る議論は政府内で迷走を続け、依然として今後の道筋は見えてこない。国民的議論を広げていくためには何が必要なのか。内閣官房参与の田坂広志氏(多摩大学大学院教授)に聞いた。(聞き手=オルタナ編集長 森摂)

――菅首相が、「個人的な考え」として「原発に依存しない社会を目指す」と明言しました。内閣にはこの考えに反対する人も多いですが、田坂さんはどうお考えですか。

田坂 もともと「原発に依存しない社会」を目指すということは、実は、「ビジョンや政策」の問題である以上に、「目の前の現実」なのですね。なぜなら、原発の寿命を40年と考えたとき、もし、今後、原発が新増設できないならば、2050年頃には「原発に依存できない社会」がやってくるのです。そして、米国でもスリーマイル島事故の後は、30年間、原発の新設が出来なかったのです。従って、問題は、「原発に依存するか、しないか」ではなく、「どれくらいの速度で、原発に依存しない社会を実現していくか」です。そして、ここに大きな誤解が生まれています。財界や経産省は、「原発に依存しない社会をめざす」というと、すぐにすべての原発を止めてしまうのではないかと懸念するわけです。しかし一方、国民は、経産省や政府は、従来の路線を大きく変えることなく、原発の維持・増設に向かっていくのではないかと懸念しているのです。だからこそ、まず明確に、「原発に依存しない社会をめざす」という方向性を打ち出すことが重要なのですね。

総理に対して私が提言したのは、3月11日以降、多くの国民が抱いている2つの気持ちを大切にするべきということです。一つは、「原発は怖い。使わないでよいものなら、使いたくない」という気持ちであり、もう一つは、「けれども、すぐに原発を使うのを止めて、経済と産業に打撃が生じ、生活が甚だしく不便になるのは避けたい」という気持ちです。従って、政府は、こうした国民の2つの気持ちを大切にして、原子力に関するビジョンと政策を示さなければならない。そして、この2つを考慮した結果、総理が語られたのが「計画的、段階的に原発への依存度を下げていく」というビジョンだったわけです。

――原発の再稼働について、どうお考えですか。

田坂 再稼働問題についても、最も大切なことは、「国民の納得」です。その意味で、玄海原発については、拙速の感が否めません。原子力安全・保安院が従来の法律とルールに基づいて安全確認を行い、安全宣言を出し、地元の町と県が受け入れを表明したので再稼働する、という流れになったわけですが、これでは、国民は納得しないでしょう。なぜなら、3月11日以降、従来の原子力行政の在り方に対して厳しい目が向けられており、特に、原子力を推進する側の経産省のと、原子力を規制する側の保安院が、同じ組織の中に存在するという形態は、米国NRC(原子力規制委員会)などの世界的な常識から見ても、不正常な形です。いかに、現行の法律とルールで認められているといっても、この保安院が安全確認と安全宣言をしただけでは、国民は納得しないでしょう。また、「地元が受け入れを表明した」「地元の了解を得た」といっても、3月11日の福島原発事故以来、原発の問題は、周辺地域の安全の問題だけではなく、日本という国全体の安全の問題になっているのです。従来のように、「地元が受け入れたから進める」という考えそのものが、見直さなければならない状況なのですね。

ところが、どうも、玄海原発再稼働問題の経緯を見ていると、経産省や保安院は、3月11日以前の発想で行政を進めているように見えてしまいます。電源需給のためにも再稼働を急ぎたいという気持ちは分かるのですが、ここで拙速に進めると、国民の納得が得られないばかりか、信頼を大きく損ねてしまい、結局、大きな逆風を作ってしまうでしょう。そのことを象徴するのが、九州電力の「やらせメール事件」です。

従って、再稼働問題を進めていくためには、行政や政治は、「依らしむべし、知らしむべからず」という言葉に象徴される、国民に対する「お上意識」を捨て、国民の声に耳を傾け、国民と対話しながら進めていくという、意識改革をしなければならないのですね。

――そういう意識改革が、行政や政治にはまだできていませんね。

田坂 残念ながら、できていません。福島原発事故以来、「安全」と「安心」ということが語られます。しかし、いま政府が原子力政策において最も重視すべきなのは、実は「信頼」なのですね。なぜなら、政府がどれほど「安全です」「安心してください」と言っても、この政府に対する国民の「信頼」がなければ、安心も安全も全く意味を失うからです。政府は、3月11日に、国民の原子力行政に対する信頼が、根底から崩れたという厳しい自己認識を持たなければならないのです。

そして、その「信頼」を回復するためには、まず、原子力規制組織の不正常な状態を改め、新たに独立した規制組織を設立するべきです。その意味では、細野大臣が、来年4月を目途に、独立規制組織を作ろうとしているのは、正しい判断と思います。また、再稼働のための安全確認も、従来の保安院の基準による確認ではなく、世界的にも認められているストレステストを使うなど、より国民から信頼を得られる方法を採るべきです。

従来の推進側と規制側が同居した規制組織の在り方では、必ず「安全基準の設定や、安全審査においても、経済合理性の観点から、何かの手心が加えられたのではないか」との疑問を国民に抱かれることになってしまいます。

だからこそ、こうしたから独立規制組織の創設、国際的な基準による安全確認、といった施策を通じて、原子力行政と原子力規制に対する国民からの「信頼」を回復することが最大の課題であり、最初に行うべきことなのです。すなわち、過去の原子力行政の在り方を深く反省し、徹底的に改めていくこと。それが、すべての出発点なのですね。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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