米の排ガス規制はEV加速か後退か:日経と英米紙で逆の見出し

記事のポイント


  1. 米政府は3月20日、新たな排ガス規制を発表した
  2. 2055年までに70億トン以上のCO2排出量削減を目指す
  3. これに対する報道は、「EV加速」と「EV後退」に分かれた

米政府が発表した「新たな自動車の排ガス規制」について、日本経済新聞は、「排ガス規制を緩和」との見出しで、大統領選を前にバイデン政権がEV推進を軌道修正した、と報じた。一方、英ガーディアン紙は「EVセクターを後押しする排ガス規制」、米ニューヨーク・タイムズ紙も「EV拡大を目指す規制」との見出しで報じ、見方が分かれた。(オルタナ副編集長・北村佳代子)

米政府は新たな自動車排ガス規制を発表した

米国環境保護庁(EPA)は3月20日、新たな自動車排ガス規制の最終規則「2027年モデル以降の小型車および中型車に対する複数汚染物質排出基準」を公表した。これにより、2055年までに70億トン以上のCO2排出量の削減を目指す。

新たな規則は、2032年までにすべての車両のCO2排出量を平均56%削減することを求めるもので、全米の自動車ならびに軽トラックによる汚染対策としては、これまでで最も厳しい規制となる。

米国で最も多くのGHG(温室効果ガス)を排出しているのは輸送部門であり、その大部分を乗用車とトラックが占める。

EPAは、本規制を通じて、2055年までに累積70億トン以上のCO2の排出削減を見込む。この排出量は、2021年に米・運輸部門全体が排出した量の約4倍に相当する。

また、CO2排出量の削減や公害抑制による公衆衛生の向上以外にも、EPAは、本規制がドライバーにとって、燃料費やメンテナンス費の削減につながると説明する。

費用削減効果は年間990億ドル(燃料費460億ドル、自動車の修理・メンテナンス費用160億ドル弱を含む)で、公害を減らすことで、2055年までに2500人の早死を防げるという。

■日経は日本車メーカーへの追い風を報じる

この発表を受け、日本経済新聞は3月21日、「米政府、車排ガス規制を緩和 大統領選にらみ業界に配慮」との見出しで、バイデン政権が、気候変動対策の主軸としていたEV推進を軌道修正したと報じた。

2023年4月、EPAはこの排ガス規制案について、EVの急速な普及を事実上義務付ける素案を公表していた。日本経済新聞の見出しは、今回の最終規則が、「素案を緩和し、自動車メーカーに数年の猶予を与えた」点にフォーカスした形だ。

また同紙は、米国での四半期ベースでのEV販売台数データとともに、「今回の修正の理由には、もちろん、想定よりもEVの普及ペースが鈍化している市況がある」と説明し、「HV(ハイブリッド車)やPHV(プラグイン・ハイブリッド車)に強い日本車メーカーには追い風」と報じた。

■英ガーディアン紙「今後8年間でEVの劇的増加は確実」

一方、英ガーディアン紙は3月20日、「バイデン大統領、EVセクターを後押しする新たな排ガス規制を発表」と見出しで報じた。

同紙は、米国がGHG排出削減を目指す上で、今回の規制は米国史上、最も重要な気候変動規制の一つだと評価した。

ガーディアン紙もまた、日本経済新聞と同じように、素案からの緩和の背景として、米選挙戦を見据えての自動車業界への譲歩となった点を説明する。

しかし同紙は、「新たな基準は特定の車種の販売を義務付けるものではないが、今後8年間でEVが劇的に増加することはほぼ確実だ」と論じた。

EPAの規制では、8年後の2032年には新車販売台数に占めるEV比率が35~56%を占める。それに対して、2023年の同比率はわずか7.6%だった。同紙は、2032年までの8年間の時間軸で、EV比率の拡大幅にフォーカスを当てた形だ。

■米ニューヨーク・タイムズ紙「EV拡大を目指す規則」

米ニューヨーク・タイムズ紙は3月20日、「バイデン政権、EV拡大を目指す規則を発表」との見出しで報じ、「EPAによる新たな排ガス規制は、米国自動車市場を一変させるだろう」と論じた。

同紙は、英ガーディアン紙同様、米国の新車販売台数に占めるEV比率(7.6%)と、新規制による目標値との差に注目したほか、2023年のEV販売台数が「記録的な」120万台となったことにも触れた。

ニューヨーク・タイムズ紙は、2023年が観測史上最も暑い年となったことにも触れ、輸送部門がそうした気候変動を引き起こしている一因だと説明した。EVについても、バイデン大統領の掲げる気候変動対策の中心的存在とした上で、政治的な争点になっていると補足した。

その上で、「2032年までに、米国で販売される新車の半分以上がゼロ・エミッション車になる可能性が高い」との見方を示した。

■両側面から報じるワシントン・ポスト紙

米ワシントン・ポスト紙は3月20日、「バイデン政権、気候変動問題への最大の一手を通じてEV移行の加速を模索」と見出しをつけた。そして、EPAの最終規則は、EVへの急速な意向を懸念する労働組合への譲歩とEV販売の減速を示唆するものだと報じた。

同紙は、排ガス規制を、「EVシフトへの足踏みが見られる現在の米国でEVの普及を加速するため」と説明し、同時に、「2030年までは、EVの販売を劇的に増やす必要はなくなった」と論じた。

同紙は、米自動車評価会社のケリー・ブルー・ブック社のデータを紹介し、「(EVの販売は)ここ数か月減速している」と説明する。データによると、2023年第4四半期(10-12月)のEV販売台数が、前年同期比40%増(見込み)に対し、その前の第3四半期(7-9月)が同49%増、第2四半期(4-6月)が同52%増だった。

ワシントン・ポスト紙は、逆の見方もあるとして、ゼロ・エミッション交通協会のアルバート・ゴア事務局長(アル・ゴア元副大統領の息子)のコメントも紹介する。

「本当に減速しているかどうかは別として、EVトレンドはここ数年驚異的な成長を見せている」として、2023年のEV販売台数が120万台を記録し、EVシェアが2022年の5.9%から2023年は7.6%になるとのゴア事務局長の指摘を紹介した。

また、EV価格がいまやガソリン車とほとんど変わらない程度にまで急落していることも付け加えた。米調査会社コックス・オートモーティブによると、2024年2月の平均価格差は5000ドル(約75万円)だったという。

■ワシントン・ポスト紙が報じたカリフォルニア州の動き

ワシントン・ポスト紙が紹介した、カリフォルニア州大気資源局とステランティス社が同日発表した契約内容も興味深い。

それは、カリフォルニア州のEV販売規制が、裁判所や第2次トランプ政権によって阻止されたとしても、ステランティス社は同州の規制を遵守することに同意する、という内容だ。

カリフォルニア州では2035年までにガソリン車の販売が終了する。米国の中で最も早くかつ厳格な排ガス規制を講じた州だ。これまでに12を超える州が、カリフォルニア州の厳しい排ガス規制にならうことを選択した。

ステランティス社は、イタリア自動車メーカーFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)と仏自動車メーカーPSA(プジョーシトロエン)社の2社の対等合併で2021年に生まれた新会社だ。

ステランティス社のカルロス・タバレスCEOは、この合意を「2030年までに1000万~1200万トンのGHG排出を回避するウィン・ウィンの解決策」だと述べた。

またギャビン・ニューサムカリフォルニア州知事(民主党)も、「世界で最も影響力のある大企業は、これこそが気候変動と共に闘う方法だと理解している」と声明を出した。

実際、共和党大統領候補者のトランプ氏は、バイデン大統領のEV目標を繰り返しバッシングしている。ワシントン・ポスト紙は、トランプ氏が「EVは1回の充電で遠くまで移動できないとの虚偽主張をし、2期目の2日目にはEPA規則を破棄することを公約した」と報じた。

■ロイター「ハイブリッド車ブームを巻き起こす可能性」
■FTとWSJは「時間的猶予」に着目
■自動車業界は歓迎
■環境団体の反応は賛否両論

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北村(宮子)佳代子(オルタナ副編集長)

北村(宮子)佳代子(オルタナ副編集長)

オルタナ副編集長。アヴニール・ワークス株式会社代表取締役。伊藤忠商事、IIJ、ソニー、ソニーフィナンシャルで、主としてIR・広報を経験後、独立。上場企業のアニュアルレポートや統合報告書などで数多くのトップインタビューを執筆。英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー。2023年からオルタナ編集部。

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キーワード: #脱炭素

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