大久保 和孝(新日本有限責任監査法人 CSR推進部長)
社会の全ての事象が単純に白黒判別できるのであれば、あらゆる事象を文書化して、ルールを定め、それらの順守を徹底することで、ほとんどの問題は解決できるはずである。しかし、現実的には、単純に白黒の判別ができない事象の方が多い。
例えば、セクハラやパワハラのように、当事者の主観に左右されるようなことがらを文書化することには限界がある。仮に全ての事象を文書化によって決めたとする。しかし、そのような大量のマニュアルは人間の能力の限界を超えてしまい、結果的に対応ができなくなるという、本末転倒な状況に陥る矛盾を抱えている。
このように単純に白黒の判別ができない、あるいは、唯一絶対の解決策がない課題に対応ができる人材の育成こそが、今、企業経営における急務な最重要課題ではないか。
与えられたものをこなす、あるいは決められた通りの対応しかできない人材から、環境変化に適応した行動をとれる人材の育成が求められている。そして、唯一絶対の解決策なき課題に対応できる唯一の方法として、対話と議論に基づく落とし所を模索できる交渉術を備えることが重要となる。
法令は万能であるとの考えからの脱却が必要
社会の価値観が大きく変化する環境下では、与えられたルールを規則通り守っているだけでは自分を守ることができなくなる。
社会の価値観の変化の速さに、文書化・ルール化自体が追い付かないからだ。古い価値観がルールとして残っている場合には、ただルールを守ることだけでは社会の期待に反する行動にもなりかねない。
さらに、価値観が多様化した社会ではルール化の物理的限界が生じ、すべての物事を文書化することは不可能である。例えば、アルコールやたばこには、効用もあり、弊害について単純に規制やルールで線引きすることはできない。このような事柄に対して、ステークホルダーとの対話を通じた落とし所を模索し、新たなルールを創造していくことが不可欠だ。
特に、わが国では、社会的な批判の影響が大きく、法律的にグレーゾーンにあることは、規制当局の見解では、すべて、「黒」として判断されてきた。そのため、これまでも新しいビジネスの芽が一方的に潰されることも、多々あった。