世界最大のコーヒーブランド「ネスカフェ」は10億スイスフラン(約1700億円)を投じて、ビジネスモデルの大変革に取り組む。コーヒー農家の貧困や気候変動による農地の減少などでコーヒーの持続可能性が問われている。「再生農業」を通して、貧困と気候変動に挑む、同社のトランジション戦略を追った。
「コーヒーの2050年問題」を知っているだろうか。実は、この問題を解決しないと、2050年ごろには、コーヒーを気軽に飲めなくなってしまう恐れがあるのだ。
コーヒー栽培に適した土地は、北緯25~南緯25度に限られている。気候変動の影響で、アラビカ種のコーヒー栽培に適した土地が最大で50%減ると予測されている。
栽培面積も減るが、さらに深刻なのがコーヒー農家の貧困だ。農家の約8割が、貧困状態にあるので、担い手不足に陥る恐れがある。
人口が増え、コーヒーに依存する人が増えていくと、2050年にはコーヒーが気軽に飲めなくなる日が訪れるかもしれない。これが、「コーヒーの2050年問題」だ。
■約1700億円を投じ、再生農業への移行を後押し
このような状況のなか、ネスレは、2022年に「ネスカフェ プラン2030」を公表した。2030年までに10億スイスフラン(約1700億円)を投じて、契約農家の「再生農業」への移行を後押しする。
再生農業とは、土壌の健全性と肥沃度を高めて水資源や生物多様性の保護を目指すものだ。健全な土壌は気候変動の影響にも強く、収穫量を増やすことができる。生産者の生活向上も支援する。
同プランでは、2025年までの中間目標と、2030年までの目標を掲げた。2025年までには、責任ある方法で調達したコーヒー豆の購入量を100%にすることや、調達したコーヒー豆のうち、20%を再生農業で育てた豆に切り替えることを中間目標に設定した。
この中間目標は射程圏内だ。2023年末時点で、調達するコーヒー豆のうち92.5%を責任ある方法で調達した。再生農業で調達したコーヒー豆は、2023年の総販売量の20%以上に及ぶ。
次なるミッションは2030年目標の実現だ。30年までに、調達するコーヒー豆のうち50%が再生農業で栽培され、温室効果ガス(GHG)排出量の50%削減を目指す。
この目標に向けて、ネスレはどのような戦略を立てたのか。同社コーポレートアフェアーズ統括部サステナビリティ&ステークホルダーリレーションズ室の山口恵佑氏はこう話す。
「1866年の創業当時からCSV(共通価値の創造)の考え方で事業を展開してきた。『社会問題の解決』が事業の根幹にある。ネスカフェは世界で1秒間に6千杯飲まれており、コーヒー業界のリーディングカンパニーとして、率先して再生農業への移行を後押ししたい」
■小規模農家に「気候変動保険」の導入支援も
ネスレでは、2023年、ブラジルやコロンビア、ベトナムなど16カ国14万8千人のコーヒー農家に再生農業に関する研修を実施した。また、農園の改革と収穫量の向上を図るため、2023年に農家に配布したコーヒーの苗木は2100万本に及ぶ。
コートジボワール、インドネシア、メキシコの3千軒以上の農家を対象に、再生農業への移行を推進するため、「条件付きの金銭的インセンティブ(奨励制度)」を与えている。インドネシアでは、800軒以上の小規模農家を対象に気候変動保険の試験導入も支援した。
コーヒーの担い手に向けて起業家精神の醸成も行う。ホンジュラスでは、コーヒーコミュニティの若者1万2千人に対して、起業家精神やコーヒーの品質、再生農業に関する研修を開いた。
再生農業への移行を後押しすることで一定の成果も出てきた。「再生農業に移行することで、農家の収穫量は5~25%向上した。2023年のデータでは、コーヒー豆1キロ当たり15~30%、温室効果ガスの削減につながった」(山口氏)。
今後の課題は、再生農業への移行に関して、いかにリスクを減らすことができるかだ。コーヒーの農家の多くは貧困状態にある小規模農家だ。
ネスレでは、世界に800人以上のアグロノミスト(農学者)がおり、この知見を活かして、リスクを減らした移行を促す。
■再生農業の「知恵」を一冊の本に
ネスレが行う取り組みは、「知恵」の共有だ。ネスレは、再生農業に移行するための原則やノウハウをまとめた一冊のガイドブックを発行した。
再生農業に移行すると、コーヒー業界全体へのメリットが生まれる。だが、その手法による環境への影響はいまだ解明されていないことが多い。そこで、専門家の協力を得て、再生農業の定義や社会にもたらすインパクトを「見える化」したのだ。
こうした知識やノウハウを外部に公開することは、企業秘密ではないのか。ネスレ日本に所属するアグロノミスト(農学者)の一色康平氏は、公開する理由をこう話した。
「人口が増え続ける社会で、このままコーヒーを飲み続けられるのか。その問題を再生農業で解決したいと考えた」
コーヒーのサプライチェーンには様々なステークホルダーがおり、ネスレだけで解決できるものは限りがある。そこで、ガイドブックを通して、サプライチェーン全体で課題に対する解決策を「共有」した。
一色氏は、「再生農業に移行するには、その土地に根差した最適な方法を選ぶことが重要だ。専門家の知見を活かして、その土地に合った最適な方法を提案している」と話す。
何をもって、再生農業に移行したと言えるのか。一色氏によると、3つの条件があるという。一つ目は、土壌の保全だ。これが再生農業の基礎になる。二つ目は、カバークロップやシェードツリーなど多くの植物種を取り入れていることだ。そして、最後が、コショウやカシューナッツなどコーヒー以外の換金作物も栽培していることだ。リスク分散の観点から、コーヒー以外の作物も同時に栽培することを推奨する。
■日本の消費者ができることは何か
コーヒーの持続可能性を高めるために、日本の消費者ができることは何か。飲料事業本部レギュラーソリュブルコーヒー&システム・ギフトボックスビジネス部の中西弘明氏は、こう話す。
「日本で収穫できるコーヒー豆の量が少なく、消費者にとって生産地を身近には感じにくいのが実情。ネスカフェでは、『一杯のコーヒーからでも、サステナブルなアクションを始められる』というスタンスを取る。あなたが選ぶ一杯のコーヒーのために、ネスカフェは地球環境も含めて、コーヒーそのものの持続可能性を高める取り組みを行う」
ネスカフェは2023年秋にリブランディングした。新しいブランドコンセプトを「Make your world」とし、「ネスカフェ」ブランドの核にサステナビリティがあることを改めて打ち出した。このコンセプトの背景に、「ネスカフェプラン 2030」がある。
すでに、日本のネスカフェで使うコーヒー豆は100%責任ある調達基準を満たしている*が、製品パッケージでも環境配慮を強める。「ネスカフェ ゴールドブレンド エコ&システムパック」は2008年の発売以降、プラスチック使用量を減らしてきたが、今年3月には新しいパッケージデザインを採用した。
*生豆生産国の天候その他のやむを得ない事由により、98%を下回らない範囲で調整を行うことがある。
その特長は、自分好みの容器(口径 6cm 以上の密閉容器を推奨)に詰め替えができる点にある。従来の詰め替えパックは、「ネスカフェ」専用の瓶やコーヒーマシンだけに対応していた。コンセプトは、詰め替え作業を「楽しむ」。お気に入りの瓶をリユースするエコな取り組みに、「楽しく、気軽に」参加できる仕様に変えた。
中西氏は、持続可能性を高めるには、今後の社会を担う若者と一緒に考えていくことが重要だと指摘する。
その一環として、ネスレ日本では、ネスカフェの詰め替え容器のラベルを自分好みにデザインできるキャンペーンを行った。スマートフォンから顔や服装などのイラストを自由に選ぶことができ、名前入りのラベル画像を作ることができるものだ。
「ネスカフェ ヒーローボトルプロジェクト」と名付けた試みを6月から8月まで開催し、X(旧 Twitter)で展開したキャンペーンには若者を中心に約1万4千人が参加した。
中西氏は、「若者を消費者ととらえるのではなく、未来をともにつくるパートナーととらえて、コーヒーの持続可能性について一緒に考えていきたい」と話した。
<ネスレ日本 PR>