「奴隷漁業」を防ぐカギは日本に: インドネシア人漁師が訴え

記事のポイント


  1. インドネシア人漁師のハディさんは、漁業現場での人権侵害の撲滅を訴える
  2. 日本は世界第4の水産消費地だが、輸入のうち24-36%が違法漁業と推計される
  3. 「奴隷漁業」を防ぐカギは、日本の買い手が「NO」を徹底できるかにかかっている

インドネシアで漁業を営むハディさんは10月に来日し、漁業労働者への人権侵害の撲滅を訴えた。日本はEUや米国、中国に次ぐ世界第4の水産消費地だが、輸入品のうち、実に24-36%がIUU(違法・無報告・無規制)漁業によるものと推計される。IUU漁業を防ぐカギは、巨大な購買力を有する日本市場が、違法な水産物に「NO」を徹底できるかにかかっている。(オルタナ編集部=松田 大輔)

■魚を消費地に送るために、多くの漁業労働者が命を落としている

持続可能な水産業を実現するために、取り組まなければいけない課題は多い。最大の課題のひとつが、漁業労働者の人権だ。

国際NGOのピュー・チャリタブル・トラスト(PCT)は2022年、世界で毎年10万人以上の漁師が命を落としていることを明らかにした。PCTが調査を委託した国際NGOのフィッシュ・セーフティ財団(FSF)によると、毎日300人以上の漁師が亡くなっている。

インドネシアの首都ジャカルタ近郊で漁師として働くハディさんは10月7日、初めて日本を訪れた。持続可能な水産物の調達をめざす国際会議「東京サステナブルシーフード・サミット」(TSSS)などに出席するためだ。

ハディさんは「日本人は魚が好きだ。でもその魚をとるために、命を落としている漁業労働者がたくさんいることを、日本の人たちに伝えたい」と語る。

TSSSに登壇する漁師のハディさん
TSSSに登壇する漁師のハディさん

ハディさんは、インドネシアで漁師として自立するまで、およそ18年間を台湾の出稼ぎ漁業労働者として働いた。2023年からは労働条件の改善を求める団体「インドネシア船員のための集いフォーラム」(FOSPI)の会計担当を務めている。

「長く船上で過ごす遠洋漁業で、特に人権侵害の事例が多い。十分な休息を与えられず、病気やケガをする漁師が多い。雇用者からの暴力に苦しんだり、食料不足で病気になったりする漁師もいる。船上で病気になっても、適切に治療されないケースがしばしばある」(ハディさん)

ハディさんは、台湾の遠洋漁業の労働者だったシックリーさんの事例を取り上げる。

「シックリーさんが病気になったとき、船長は治療のために上陸することを拒否した。シックリーさんは賃金のために働き続けたが、最終的には2023年12月に船上で死亡した。それでも船長は陸に戻らず、彼の遺体は船の冷凍庫で2カ月間保存された」

「漁船員が海上でストライキしたので、船長は港に戻らざるを得なくなった。ここから学んだことは、この産業では命に価値はないということ。魚を消費地に送るために、多くの漁業者が命を落としている」

台湾から輸出されるマグロの最大の買い手は日本企業だ。水産庁によると、日本に輸入される年間約18万トンのマグロ類のうち、約3分の1が台湾から届けられる。

ハディさんは「日本人が食べているマグロの背景にある、本当の人的コストを考えてほしい。私たち労働者の人権が脅かされている」と話す。

■漁業労働者の人権を守る第1歩は、コミュニケーション手段の確保

インドネシアからは、多くの漁師が出稼ぎに出る
(写真:ハディさんのTSSS講演資料より引用)

遠洋漁業では、10カ月‐1年を船上で過ごす。そこで暴力による強制労働があっても、陸にニュースは伝わらない。帰港するやいなや、空港に直行させられ、本国に帰らされるケースも多い。

労働者は働く前から多額の借金を抱えていたり、本国に置いてきた家族のために、不満があっても働き続けなければならなかったりする。雇用者に対して、きわめて弱い立場に置かれているのが現状だ。

労働者の権利問題に詳しいジャーナリストの松元ちえ氏は、「彼らは労働法で保護されていない」と指摘する。「船上ではコミュニケーション手段がない。違法な労働が強制されていても、労働者はそれを通報することができない」

漁業労働者の生活条件を改善するために、ハディさんらが現在取り組んでいるのは「船上でのコミュニケーション手段を確保すること」だ。

漁師がWi-Fiを使えれば、人権を守るための第1歩になる
漁師がWi-Fiを使えれば、人権を守るための第1歩になる

特定非営利活動法人アジア太平洋資料センター(東京・千代田)の田中滋事務局長は、「船上にもWi-Fiはある。船長らが認めさえすれば、漁業労働者も船上でインターネットが使えるようになる。労働者の人権を守るための第1歩だ」と指摘する。

現状では、漁業労働者がWi-Fiを利用できる船は、全体の10分の1にも届かない。

ハディさんは、「船長は、Wi-Fiを導入するとコストがかかり、それを理由に値上げすると日本企業が買ってくれなくなると言った。でも実際には、漁業労働者がインターネットを使うことで、船の中で何が起こっているのか、外の世界に知られてしまうことを恐れているだけだ」と説明する。

■14組織が、水産流通適正化法の規制強化を求めて共同宣言

日本はEUや米国、中国に次ぐ、世界第4のシーフードの消費地だ。巨大なマーケットを抱える日本は、水産物の売り手に対して、強い交渉力を持っている。

買い手である日本企業が人権デューデリジェンスを徹底することで、売り手の行動変容を促すことができる。何より重要なのは、極端に安いIUU漁業による水産物に対して、日本企業が明確な「NO」を示すことだ。

2017年に『海洋政策』誌に発表された論文では、日本が輸入した天然水産物のうち、実に24~36%がIUU漁業によるものと推計された。私たちは知らずして、「奴隷漁業」で獲られたマグロを口にしている可能性が高い。

問題の深刻さを受けて、日本の水産各社はここ数年、IUU漁業による水産物を扱わないようにするとした調達方針を相次いで公表した。

イオンやセブン&アイ・ホールディングス、日本生活協同組合連合会などの小売りをはじめ、水産大手のニッスイやマルハニチロ、ニチレイなどが持続可能な水産物の調達方針を掲げる。

さらに日本では2022年、水産流通適正化法が施行された。これは水産物がIUU漁業由来でないかどうかを確認する法律で、2年ごとに見直しが入る。

輸入水産物はサバ、サンマ、マイワシ、イカが対象だ。輸入するには、外国の政府機関などが発行する証明書が必要となる。

特定魚種を輸入するには外国の政府機関などが発行した証明書が必要になった
(出典:特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律の概要

シーフードレガシーの花岡和佳男取締役社長は「水産流通適正化法は大きな進歩」であると評価する一方で、「その証明書が正しいかどうかは、法律ではチェックできない」と指摘する。規制魚種の拡大も急務だ。

2024年9月、同法律の見直しが始まった。WWFジャパンやシーフードレガシーなどが構成するIUUフォーラムジャパンは9月30日、国内13組織とともに、水産流通適正化法の強化を求める共同宣言書を発表した。

同宣言の賛同団体には、IUUフォーラムジャパンをはじめ、イオンやセブン&アイ・ホールディングス、三菱商事などが名を連ねる。

■目の前の漁業者の命が失われる前に

インドネシア人の漁業労働者の人権問題と、私たち日本人がどのように水産物を消費するかは、密接に結びついている。

ハディさんは「現場は傷ついている」と語った。「海の環境を守るとともに、人権にも注意を払ってほしい。日本企業や消費者が声を上げてくれれば、目の前の漁業者の命を救えるかもしれない」

ハディさんは「目の前の命がかかっている」と語る
「漁業労働者の人権のために、日本企業や消費者に動いてほしい」とハディさん
matsuda daisuke

松田 大輔(オルタナ編集部)

中央大学総合政策学部卒業。2021年から米国サンフランシスコで研究資料の営業マネジャーとして勤務。2024年に株式会社オルタナ入社。

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キーワード: #サステナビリティ

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