記事のポイント
- サントリーは、世界的な「水リスク」の解消に向けた取り組みを進める
- 目指すのは、取水量以上の水を育む「ウォーター・ポジティブ」の実現だ
- すでに国内では達成し、海外では各地域のステークホルダーと最適解を探る
■小林光のエコ眼鏡(45)■
サントリーは世界規模の「水リスク」の解消に向けた取り組みを進める。同社が掲げる「環境ビジョン2050」では、「全世界の自社工場で取水する量以上の水を育むための水源や生態系を保全」という野心的なビジョンを示し、すでに国内では「ウォーター・ポジティブ」を達成した。海外では各地域のステークホルダーとともに最適解を探る。(東大先端科学技術研究センター研究顧問・小林 光)
本連載では、ビジネスが生態系の良い一部になるように挑戦している企業をしばしば取り上げている。直近では、良質な水を創業工場の選択の理由にした富士フイルムを取り上げた。
水は生命誕生の鍵となる物質であり、再生可能エネルギーの化身だ。地球生態系を駆動させる大きな力でもある。
今回は、水を大切にする企業、サントリーを取り上げる。9月には、東京・大手町のエコッツエリア(大丸有地区環境整備協議会)のCSV経営サロンにお招きし、講演していただいた。
■「水」資源の保全を事業活動の根幹に
サントリーホールディングスの水を商材とするビジネスには、創業の原点、ウィスキー部門、1963年に進出したビール部門、そして、非アルコールの飲料の部門がある。それらの国内、海外生産工場における水消費量は1万4279千㎥(2023年)という膨大なものになる。工場のある土地の水資源への依存は極めて大きい。
そこで同社では、地球環境自体が経営の大切な基盤との認識から、企業のパーパスとして、「人と自然と響きあい、豊かな生活文化を創造し、『人間の生命(いのち)の輝き』をめざす」ことを宣言している(2023年に刷新)。
サントリーグループは水に生かされ、水を生かす企業として、世界が抱える課題に真摯に向き合い、持続可能な社会に向けて貢献していかねばならないという考えに立ち、2017年には「水理念」を制定して、事業活動を展開する世界の各地域で、水課題の解決に貢献する取り組みを展開している。
2022年に改定した環境基本方針では、自然資源の中でも同社の事業活動が最も依存する水資源の保全を、水のサステナビリティの追求としてその冒頭に位置付け、環境目標2030として掲げた取り組み目標のもと活動に取り組んでいる。
以上のように、自然の仕組みを守ることを単なる配慮事項にするのではなく、これを社員の業務として、経営や日々の生産や営業の根幹に据えたことが同社の大きな特色である。
■国内では「ウォーター・ポジティブ」を達成
この理念に沿って、様々な取り組みが行われている。
まずは、生産工場における節水である。売られる商品の水の量を減らすわけにはいかないので、製造工程の中で使用する水の削減などが徹底的に図られている。原単位で見ると、2015年比で2030年に35%削減する目標を設定し、23年現在では、28%削減といった顕著な改善の推移を見せている。
同社の特にユニークな環境の取り組みは、取水量以上に水資源を涵養するとの目標に向けた取り組みである。環境ビジョン2050において「全世界の自社工場で取水する量以上の水を育むための水源や生態系を保全」という野心的なビジョンを掲げており、すでに国内では「ウォーター・ポジティブ」を達成している。
具体的には、国内工場で汲み上げる地下水の涵養域にあたる森林、26カ所、約1万2000 haを「サントリー 天然水の森」として整備活動を行っており、「天然水の森」は国内工場で汲み上げる地下水量の2倍以上の水を涵養する機能がある。
この涵養量の推定には、相当に年季が入り、洗練された流域水理モデルが用いられており、涵養量の増加のために、各流域それぞれの特性に見合った対策を見つけだすのにも役立てられている。
こうした具体的な取り組みには、国内では、最もポピュラーなものとして水源地の間伐、林床植生の復活による土壌浸透水量の増大などがあるが、海外においては、各地域の水課題に応じて、湛水域として人工的な地下水涵養池を設けたり、直線化された河川流路を曲がりくねった元の姿に戻す整備をしたりといったことも行われている。
このように水源涵養の要素技術が発展していることもあるが、さらに、そのような様々な取り組みを、同社の工場が立地する流域に集中的に落とし込み、地域のステークホルダーと共に長年継続して展開していることが特筆される。
「サントリー 天然水の森」では、前述の水理モデルを踏まえ、100年後に目指すべき森の姿を植生区分ごとに示し、その実現に向けた取り組みが地域のステークホルダーと共に息長く進められている。この取り組みを熱心に続けているサントリー 天然水を製造する3工場(山梨県白州、熊本県阿蘇、鳥取県奥大山)は、国際的な水資源保全団体・AWS(アライアンス・フォー・ウオーターステュワードシップ)の認証も取得している。
■水源涵養で、森の生物多様性を育む
また、水源涵養に向けたこのような施業などは、結果的に、森の生物多様性を高めることにつながり、既に6カ所の「天然水の森」が、環境省の認定する自然共生サイトに登録されている。
水に着眼した環境の取り組みが幅広い効用を産み出すことを実証的に示していて、筆者としては、本稿冒頭に掲げた水の働きへのオマージュの裏付けとも言え、嬉しい限りだ。
ところで、筆者として、サントリーの水への取り組みとして最も高く評価するのは、以上に述べてきた、サントリー個社のウォーター・ポジティブの達成努力ではなく、世界の水資源保全への貢献である。
同社は東京大学大学院工学系研究科、日本工営とともにグローバル水循環社会連携講座を開設した。水源涵養に使われる水理モデルと同様に、降水量や水資源量だけでなく、利水施設や海水淡水化施設などの人工要素もモデルに組み込む発想に基づいて開発された全球水資源モデルH08を用いた、ウォーター・セキュリティ・コンパスの研究開発事業である。
地理的分解能は9kmと国内版より粗いものの、今や、全世界の河川流域に活用され得るものに至っている。グローバル水循環社会連携講座において水リスク評価ツールの開発を行い、試作品の使用を無料公開して進め、改良を続けている(「オルタナ電子版」10月21日号にても紹介)。
公益、いやむしろ「地球益」を創生する取り組みとして高く評価したい。水は、生態系のいわば駆動モーターなので、そこを糸口に、生態系全体の保全、向上へと世界の取り組みが広がっていくことを期待したい。