記事のポイント
- 人的資本の情報開示が義務化され、人的資本経営への関心が高まっている
- しかし、小野浩教授は、言葉だけが先行していないか疑問を投げかける
- どうすれば人的資本投資で成果を上げられるのか、小野教授に聞いた
上場企業を対象に人的資本の情報開示が義務化され、人的資本経営への関心が急速に高まっている。しかし、人的資本理論の第一人者である一橋ビジネススクールの小野浩教授は、言葉だけが先行していないか疑問を投げかける。どうすれば人的資本投資で成果を上げられるのか、小野教授に聞いた。(オルタナ副編集長・吉田 広子)
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小野浩(おの・ひろし)
一橋ビジネススクール教授、スタンフォード大学客員教授、テキサスA&M大学特任教授。早稲田大学理工学部卒業。シカゴ大学大学院社会学研究科博士課程修了、Ph.D.(社会学博士)取得。野村総合研究所コンサルタントなどを経て2014年から現職。専門は労働経済学、労働社会学、人的資本理論、幸福論。主著に『人的資本の論理』(日本経済新聞出版)など。
■ 人的資本経営の出発点は個人の成長から
――小野教授は、ノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学教授の故ゲーリー・ベッカー氏のもとで、1990年代から人的資本理論の実証研究に取り組んできました。改めて「人的資本」とは何か、教えていただけますか。
人的資本とは、人間が持っている能力、才能、知識、体力を指します。教育や健康管理などに投資することで、人は成長し、生産性を高め、収益を上げられるようになります。
人的資本は個人が有するものですから、個人が自ら投資して、自分の価値を高める――というのが人的資本理論の出発点です。
例えば、大学進学は、自分に対する投資の1つです。学費はかかりますが、将来的に高い所得が期待できます。これはリターンが分かりやすい事例です。
次に、国家が人的資本に投資する例として、義務教育があります。国民一人ひとりが基礎的な教養を身に付けて社会の発展に貢献してもらえるように、国家が投資するのです。そのリターンも明確で、GDP(国内総生産)に占める人材投資の比率とGDP成長率から推計できます。
しかし、企業が人的資本に投資するとなると、話は複雑になります。企業はどのような投資を行えば、どのようなリターンが得られるのか。多くの企業が、この実証に課題を抱えていると感じます。
人的資本には、「一般的人的資本」と「企業特殊的人的資本」があります。一般的人的資本は、市場性が高く、どの組織でも通用する能力です。例えば、MBA(経営学修士)や公認会計士などの資格が挙げられます。
企業特殊的人的資本は、その企業の中でのみ活用できる能力です。多くの日本企業は、この企業特殊的人的資本に重点を置いたトレーニングを提供しています。
企業が一般的人的資本に投資すると、社員の市場価値が上がり、その結果、他社への転職意欲が高まり、離職リスクが高まります。
終身雇用制を基盤とする内部労働市場では、勤続年数が長くなるほど、社外での市場価値は低下する一方で、企業内での賃金は上昇します。人材の流動性が低下し、社員は企業に依存しがちになるため、結果として企業と社員が相互に依存する傾向が強まります。
(この続きは)
■ 人的資本経営はブームなのか
■継続的な投資で陳腐化を防ぐ
■ 個人の成長が幸せの源泉に