元ネスレ日本社長「ガバナンス不全はジャニーズだけか」

記事のポイント


  1. 性加害問題を巡り、ジャニーズ事務所との取引を見直す動きが出てきた
  2. 高岡浩三氏は「ガバナンス不全はジャニーズだけではない」と指摘
  3. どうすれば日本企業の人権意識を高め、ガバナンスを強化できるのか

ジャニーズ性加害問題を巡り、スポンサー企業やテレビ局がジャニーズ事務所との取引を見直す動きが出てきた。そうした中、元ネスレ日本社長の高岡浩三氏(ケイ アンド カンパニー社長)は「『見て見ぬふり』は日本企業の悪しき体質。ガバナンス不全はジャニーズだけの問題ではない」と断じる。どうすれば日本企業の人権意識を高め、ガバナンスを強化できるのか。(オルタナ副編集長=吉田広子)

日本のガバナンスの問題を語る高岡浩三氏(写真提供:ケイ アンド カンパニー)
日本のガバナンスの問題を語る高岡浩三氏(写真提供:ケイ アンド カンパニー)

高岡浩三 (たかおか・こうぞう)
ケイ アンド カンパニー代表取締役社長。1983年神戸大学経営学部卒、同年ネスレ日本入社。各種ブランドマネジャーなどを経て、ネスレコンフェクショナリーのマーケティング本部長として「キットカット」受験応援キャンペーンを手がける。2010年ネスレ日本代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)に就任。「ネスカフェアンバサダー」で日本マーケティング大賞受賞。20年3月ネスレ日本を退社し、現職。

■ 企業の「行い」を見直す機会はこれまでもあった

ジャニーズ事務所の故ジャニー喜多川氏による元所属タレントらへの性加害問題は、深刻で、まずは被害者救済、そして然るべき処分がされなければならない。しかし、ジャニーズ事務所固有の問題としてとらえられ、一過性の加熱報道に終わり、社会全体の人権意識が高まらないのではないかという懸念もある。

ーー高岡さんの「ネスレ日本社長時代はガバナンスの観点から、ジャニーズのタレントをCMや販促に利用しなかった」という発言が話題になりました。発言の真意は。

私自身は企業のガバナンスの観点から、ウェブメディア「NewsPicks」のプロピッカーとして、意見を投稿しました。

性犯罪は、許しがたい犯罪であるというのはごく当たり前の話で、前提にあります。日本はまだ性犯罪への認識が甘かったり、厳しい罰則がなかったりして、「見て見ぬふり」がまかり通ってしまいます。ジャニーズ問題を機に、国も変わり、人権侵害や性犯罪を厳しく取り締まっていく社会にしなければなりません。

米国では、2017年に、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタイン氏が長年にわたって多数の女性を暴行していたことで、逮捕されました。一生、刑務所から出られないほど厳しい刑罰が下っています。

ジャニーズ問題に関しては、当の本人が亡くなった後で、すべてを否定するかの如く、事務所を総攻撃することに強い違和感があります。事務所に近いところにいたメディア関係者ほど「知らないふり」をしています。

実証はできませんが、何十年も前から報道はされていたので、どのメディアも耳にしたことはあるはずです。そこには何も触れず、ジャニーズだけを責めるのは国民の意識レベルが低いと言わざるをえない。

私の中では、中古車販売のビッグモーターと損保ジャパンのなれ合いは、ジャニーズ問題と根本は一緒だと思います。損保ジャパンからビッグモーターに何十人も出向し、取引先を超えた関係がありました。損保ジャパンは、不正を知っていたはずです。

根本的に日本企業のガバナンスは機能不全に陥っているということが、一番伝えたいことでした。

■見せかけのSDGsになっていないか

――ワインスタイン事件の際は、日本でも「#MeToo」運動が盛り上がりました。こうしたセクシュアルハラスメントや不祥事が話題になったときに、企業は自身の「行い」を振り返ることができたのに、それをしなかったということですね。

そうです。ビッグモーターやジャニーズの問題を通じて、改めて日本企業の「見て見ぬふり」の体質や、ガバナンス不全という根本的な問題が浮き彫りになりました。

20年ほど前の話になりますが、インスタント食品やお菓子などに使われるパーム油の原料となるアブラヤシの農園で、森林破壊や人権侵害が起きているという情報が耳に入りました。パーム油はキットカットにも使われている植物油脂です。

その話を聞いた時点で、ネスレは問題のある業者との取引を停止しました。その後、国際環境NGOがパーム油による森林破壊についてキャンペーンを行いましたが、私たちは堂々とその問題に向き合うことができたのです。

ネスレのようなグローバル企業は、常にターゲットになりますから、余計にリスク管理やガバナンスに注意しなければなりません。

私はそういったネスレの企業文化で育ちましたので、ネスレ日本の社長になったときも、「人権尊重」の考え方は当たり前にありました。

いまの時代、多くの日本企業がSDGs(持続可能な開発目標)への貢献をうたっています。SDGsのバッジを付けたビジネスパーソンをよく見かけますよね。SDGsは、人権尊重の概念がベースにあります。SDGsに取り組むということは、人権を尊重するということなのです。

ですから、取引先に人権侵害のうわさがあれば、それを正していくのが本来の姿です。

今回のジャニーズ問題は、ジャニーズ事務所だけの問題でも、エンタメ業界だけの問題でもありません。人権に対する意識の低さや、ガバナンス不全は日本全体の問題だととらえています。

■人気タレントに頼らずキットカットはナンバーワンに

――ジャニーズのタレントを起用しなかった背景には、人権リスク対応があったのですね。

私は、ネスレの商品に自信がありました。外資系企業は、広告宣伝の費用対効果に厳しいので、社長に就任してからは、テレビCM一辺倒の販促を改めました。広告代理店だけに頼らずに、直接タレント事務所と交渉して、CMタレントのCM出演料金を決めたこともあります。

ジャニーズのタレントを使わなくても、キットカットは、国内売り上げナンバーワンのチョコレートブランドに成長しました。今や本家本元の英国を抜いて、日本が圧倒的に売り上げも利益も世界一です。結果、ネスレ日本の営業利益率も20%を超えるまでに成長させることができました。

広告宣伝投資は、億単位の非常に大きな投資ですので、ネスレのような外資系企業にとっては、工場建設と同じように社長案件。宣伝部長や広告代理店に任せられるような仕事ではありません。「社長が知りませんでした」では通用しないのです。

■執行役員を監視する社内監査システムの構築を

――そもそも日本企業はガバナンス不全に陥っているという話ですが、どのように強化できるでしょうか。

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yoshida

吉田 広子(オルタナ副編集長)

大学卒業後、米国オレゴン大学に1年間留学(ジャーナリズム)。日本に帰国後の2007年10月、株式会社オルタナ入社。2011年~副編集長。執筆記事一覧

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キーワード: #ビジネスと人権

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