地方創生映画『クハナ!』が問う「価値」の意味

奇跡の数々の原動力は、子どもたちのピュアさ

上記のように昨年電光石火のごとく立ち上がった映画プロジェクトですが、当然ながら「想い」だけでうまくいくほど甘くはなく、その困難たるや想像を絶するものでした。資金難や妨害者の出現、チーム内での衝突など、時間だけが刻々と過ぎる時期が続き、「本当に映画なんて作れるのか」と不安が募り、何度諦めかけたかわからないとのこと。

映画づくりのもうひとつの主役、「クハナ!」映画部
映画づくりのもうひとつの主役、「クハナ!」映画部

そんな時、乗り越える原動力となったのは、この地域を中心に選ばれた映画の主役である子役たちが、毎日楽器の練習を必死にしている姿でした。子どもたちが映画の完成を夢見てひたすら頑張って練習しているのに、大人の都合で諦めてしまうことは、絶対にできない。奇しくも、映画の内容と連動するかのように、子どもたちのピュアな気持ちが、大人たちの心を動かしていくのでした。

そして今年1/31のキッズ演奏お披露目会時に桑名市民会館大ホール1,000人動員を成し遂げると、風向きも変わり徐々に協力者が増えるようになり、3/31のクライマックスシーン撮影時には、年度末の平日という日程にもかかわらずエキストラ1,000人を動員、そして9/3のイオンシネマ桑名での初日公開挨拶満席(同映画館初)の快挙を成し遂げたのです。

映画はツール 始まりに過ぎない

この映画は、「地方創生ムービー2.0」と銘打たれていますが、低予算でも地域が力を合わせることで、誰が見ても楽しめる高品質な映画を創れる次世代型の映画の在り方を提示しています。しかし、林恵美子さんによると、「映画は始まりに過ぎない」とのことです。映画をつくって終わりではなく、そこでできた絆や活力を次につなげていきたいとの想いで、10年は映画をテーマにしたイベントを続けていき、桑名に芽生えた関係性を育てていきたいとのこと。

すでに『映画「クハナ!」メモリアル~くわな子ども音楽祭 くわな えむ じゃんぶる』というイベントを10月に行うことが決定しており、地元の竹を用いたドームで子供たちが楽器を作り、ぶっつけ本番で演奏をして楽しんだり、地元の食を楽しむなど、「クハナ!」らしいイベントになりそうだとのこと。それ以外にも自主的に楽器演奏をするゲリラ的な動きも起こり、いずれは主体的に町の人々がテーマを持ち寄ってイベントをしていくなどのアイデアも出ているとのこと。

こうした次につながる、あるいは町に広がる連鎖反応と、地域や住民自身の再発見こそが、地方創生ムービー2.0と言われる所以であり、地域活性化なのではないかと思います。まさに映画が人々の最高の「コミュニケーションツール」に進化しているところです。

成功とは何か 価値とは何か  

超満員となったイオンシネマ桑名
超満員となったイオンシネマ桑名

さて、話を最初に戻して、それではこの映画が示す「価値」、あるいは「成功」とは何でしょうか。興行収入か評価ランキングか、アンケート結果か…しかし林恵美子さんの次のような言葉から、私は自分が価値の呪縛に囚われていることに気づきました。

「価値とか手段とかよく言われるけれども、最初から何もないところからスタートして大変だったからこそ、よかったんじゃないかと思います。自分たちで苦労したからこそ奇跡が起きたんだと思います」

この言葉から私は、目的のないところ、わくわくするところ、自発的なところから「活性化」が生まれ、それ自体もまた何物にも代えがたい価値であるということに気づきました。最初から数値や目的化でがんじがらめにすると逆に活力が死んでしまいます。

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中畑 陽一(オルタナ総研フェロー)

静岡県立大学国際関係学部在学時、イギリス留学で地域性・日常性の重要性に気づき、卒業後地元の飛騨高山でタウン誌編集や地域活性化活動等に従事。その後、デジタルハリウッド大学院に通う傍らNPO法人BeGood Cafeやgreenz.jpなどの活動に関わり、資本主義経済の課題を認識。上場企業向け情報開示支援専門の宝印刷株式会社でIR及びCSRディレクターを務め関東・東海地方中心に約70の企業の情報開示支援を行う。その後、中京地区での企業の価値創造の記録としての社史編集業務を経て、現在は太平洋工業株式会社経営企画部にてサステナビリティ経営を推進。中部SDGs推進センター・シニアプロデューサー。

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