「生物多様性は、私たちの衣食住を守ること」  欧州議会議員が語る、ポストCOP10への期待

国連生物多様性名古屋会議(COP10)が、議定書の採択とともに閉幕した。同会議への参加のため、欧州連合(EU)から欧州議会議員団数十名が来日。このうち、「欧州緑の党」会派(Greens/EFA)のメンバーで、生物多様性保全に関わる様々な活動を行う2人の若手議員に、多忙なスケジュールの間を縫って、サイドイベントでゲスト講演をいただいた。以下、講演内容と質疑応答録を再録した。

(聞き手、文:今本 秀爾 NPO法人「エコロ・ジャパン」代表)

サンドリーヌ・ベリエ

Sandrine Bélier MEP/欧州議会議員、欧州緑の党&欧州自由連盟・所属)

1973年フランス生まれ。大学では環境法を専攻。卒業後、環境保護、雇用、人権、都市計画、参加民主主義などをテーマにした市民運動に関わる。2008年にフランス自然環境協会(FNE)の全国代表に選出される。その後2009年欧州議会議員選にて、ヨーロッパ・エコロジー運動(Europe Ecologie)に参加、フランス・アルザス選挙区のトップ候補者に選ばれ、初当選。市民活動家および法律家として、環境問題全般に深い関心と造詣を持つ。とりわけここ近年は、欧州議会の内外で、生物多様性保護政策のスペシャリストとして活躍し、市民啓発キャンペーン「THINK BIODIVERSITY」を主催。

バス・アイコウト

Bas Eichkhout MEP/欧州議会議員、欧州緑の党&欧州自由連盟・所属)

1974年オランダ生まれ。大学で環境学を専攻。気候変動およびエネルギー政策を専門とし、国連IPCCの委員も務める。オランダ・グリーンレフト党(緑の党)の政策スタッフを経て、2009年の欧州議会議員選挙にて、同党から初当選。欧州議会では環境保護・公衆衛生・食の安全委員会に所属。

現在、世界の生物多様性をめぐる状況について、どのような点がとりわけ問題であるとお考えでしょうか。

サンドリーヌ・ベリエ議員:地球規模で現在3分の1以上の生物種が絶滅の危機にさらされており、最近50年間で60%以上の生態系サービスが損傷を受けたと推定されています。ヨーロッパだけでも、40%以上の動物種、800種類以上の植物種が完全絶滅の危機に瀕しています。世界の漁獲量の88%は乱獲にもとづくもので、このため地球上の海洋生態系も瀕死の状態にさらされています。

2000年以降、2050年に至るまでの最初の数年間だけでも、陸地の生態系サービスだけで500億ユーロ(約5兆6500億円)単位で、毎年その価値が損失したと推定されています。

さらに地球上の貧困層の70%は農村部に住み、自然資源や生態系サービスに直接依存しています。

世界中で森林で生活しているのは3億人で、また16億人以上が日常生活を営むうえで森林に依存しているのです。こうした一連のデータは、私たち世界の人間の基本生活が何より脅かされていることを示唆しています。

私たち先進国に住む人間は、途上国その他の国々の自然資源により生産・栽培される食品や、原料を用いた衣料などの日用品、医薬品や化粧品などを通じて、日々その生活上の恩恵を受けています。それらが急速なスピードで損失しているということは、とりもなおさず私たちの衣食住、基本生活が急速に破壊される危険にあることを意味します。

世界の生物多様性が失われている原因は。

サンドリーヌ・ベリエ議員:生物多様性を脅かす要因は多岐にわたっています。農業で言えば(大量の農薬を投入する)集約型農業が土地の劣化を生じさせ、多くの生物多様性を喪失させています。道路建設などの大型インフラ事業もそうですし、破壊的な漁業(底引きトロール操業など)もそうです。

さらには、バイオ燃料生産による森林破壊や、遺伝子組み換え作物(GMO)の普及も生物多様性を脅かす大きな要因であり、後者についてはEUでは以前から消費者による大きな抗議運動が続いています。

バス・アイコウト議員:バイオ燃料の普及は当初はEUでも奨励されていたのですが、最近になってバイオ作物の大規模な生産のために熱帯雨林の壊滅的な破壊が進行するなど、負の影響が明らかになってきた理由で、EUでも最近ではようやく見直しの論議が盛んになってきました。ただEUは現在、エネルギー需要に占めるバイオ燃料の割合は5%で、これを2020年までに10%まで増産するという目標で突っ走っているため、根本的な見直しは容易ではありません。

COP10のサイドイベントで講演する、サンドリーヌ・ベリエ欧州議会議員

最近の、EUでの生物多様性保護に関する政策や動きには、どんなものがありますか。

サンドリーヌ・ベリエ議員:1979年、1992年に発令された「鳥類および野生生物の生息地に関するEU指令書」にもとづいて、EUレベルでの生物多様性保護地域ネットワーク「ナトゥーラ(Natura)2000」の構築が実現しました。しかしEU域内の17%がこの生物多様性保護地域の対象としてカバーされていますが、重要な種の50%の生息環境は好ましくなく、野生生物の生息地については80%はいまだ不良な環境下にあります。

欧州議会には「請願委員会」があり、環境権の侵害を告発する市民の請願を取り扱うことで、生物多様性保護を市民レベルで実施しています。もっとも多く請願を受理しているのはブルガリアで、なかでも多いのは、ナトゥーラ2000への違法行為に対する請願です。

最後に、「生物多様性政策の実施とその将来に関するEUの調査報告書」が9月に採択されました。欧州議会では、各国の政策に生物多様性の観点を盛り込むこと、さらに欧州レベルで生物多様性保護に関する予算の増枠を求めています。

さらに現在、私がコーディネーターとなって、欧州議会の「欧州緑の党」会派に所属する議員やスタッフを中心に、生物多様性保護に関する普及啓発キャンペーン(THINK BIODIVERSITY)を実施しています。このキャンペーンは、一般市民や市民団体、行政に対して生物多様性保護に関する関心を高めてもらうことを目的に行なっているものです。

EUが今回のCOP10に期待していたことは何でしょうか。

サンドリーヌ・ベリエ議員:欧州議会では、今回の「名古屋COP10に関する決議」が、10月に採択されました。私たちはここで、世界レベルで最低20%以上の自然圏の保全を保証すること(名古屋議定書における目標は17%)、すべての違法森林破壊の禁止と、生態系にダメージを与えるような漁業操業や乱獲を禁止すること、有効なセーフガード措置の発動、生物多様性に害を及ぼす補助金の廃止、遺伝子資源のアクセスに関して、先住民族および地域のコミュニティがもつ権利を十分に配慮した利益配分(ABS)を行なうこと、などを求めています。さらにOECD各国に対して、最低、自国のGDPの0.3%を生物多様性保全のために拠出することを求めています。

私たちは、アメリカが生物多様性に関する交渉会議に参加しない以上、EUがリーダーシップと責任的役割を担う必要があると考えています。10月19日、国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長は、ストラスブールの欧州議会でのスピーチで「EUは、ヨーロッパはもとより、世界のその他の地域でもリーダーシップと連帯感を示さなければならない」と述べました。

アメリカをいかに巻き込むか、議論の場に参加させるかという問いについては、私たち世界各国が野心的な合意目標を掲げ、それらを国内で着実に達成していくことで、あるいは国際世論を盛り上げ、最早アメリカも参加しなければ、世界中の非難を浴びるような状況に追いつめていくことが重要です。

COP10でも、生物多様性保護のための効果的な資金調達手段が論議の的になっていますが、これについての見解をお聞かせください。

サンドリーヌ・ベリエ議員:生物多様性保護の損失は大きな経済的損失を招きますが、生物多様性保護のために1ユーロを投資すれば、100ユーロまでのリターンが得られます。

地球上の生物多様性保護戦略を実行に移すためには、相応の資金と資金源を効果的に集める戦略交渉が重要です。しかし大企業が現在資金調達手段として主張しているような、生物多様性に関する市場メカニズム、生物多様性オフセット、CDMや「世界生物多様性銀行」のようなものが創設されたり、新たな「生物多様性」市場メカニズムの下で生物資源に対する投機的活動を促進させるようなことになってはいけません。自然破壊には代償が伴いますが、自然に値段はないからです。ただで手に入るものは、売り物ではないということです。

COP10のサイドイベントで講演する、バス・アイコウト欧州議会議員

今後、私たちが生物多様性保護を進めていくうえで、何か有効な政策やアイデアは提言されていますか。

バス・アイコウト議員:地球上の生物多様性保護を進める有効な政策の一つは、環境破壊を伴わない再生可能エネルギーや資源に、私たちのエネルギー利用や資源利用を転換していくことです。

ご存じのように、ハンガリーでは10月に、アルミニウムの精製工場の貯水池が決壊し、有毒廃棄物が流出し、死者や負傷者を出す被害が起こりました。この泥土が欧州の水脈であり飲料水にも利用されるドナウ川やその支流に流入する危険性が出ており、周辺諸国では大きな話題になっています。

フランスでは有名な「ゲランド塩田」のあるブルターニュ地方の沿岸は、湿地帯で生物多様性や魚類の宝庫なのですが、99年に沿岸海域でタンカー事故が発生し、以降何年も重油流出が続いた結果、沿岸海域の漁獲量が減少し、周辺沿岸漁民は被害を受けました。

こうした化石燃料や化学物質による事故が原因で、生物多様性の損失が拡がります。私たちが化石燃料に頼らず、100%再生可能エネルギーに向けてエネルギー転換を早急に進めていくこともまた、地球温暖化防止と同時に、生物多様性保護にとって大きなメリットとなります。

また、先ほどはバイオ燃料に対して否定的な発言をしましたが、私たちはバイオ燃料のすべてが問題だと言っているわけではありません。たとえばミドリムシからバイオ燃料を抽出する技術が成功した例のように、森林や自然の生態系を破壊しないバイオ燃料の開発や生産は有効であり推進すべきであると考えています。

今後「生物多様性保護」を国際規模で推進するにあたり、日本に期待される点、日本が担うべき役割は何でしょうか、お聞かせください。

バス・アイコウト議員:日本は3月16日に採択された「生物多様性国家戦略」において、世界で初めて、生物多様性の文化的価値に対するセーフガード措置を盛り込んだ国のひとつです。これは率直に評価できます。

一方で、本年3月にドーハで開催されたワシントン条約会議で、国際社会がクロマグロの輸出禁止を議論していましたが、日本が反対したゆえにこの禁止決議は採択されませんでした。日本は「里山イニシアチブ」のように自国内の生物多様性保護については厳格になる一方で、国境を越えた「生物多様性」保護の問題について、とりわけ自国の産業活動を保護する文脈では、大きな譲歩条件を主張するなど、首尾一貫しない態度が多々見受けられることは残念でなりません。

今回の名古屋COP10会議中も、日本政府は議定書に「破壊的過剰漁獲(destructive overfishing)」という文言を入れるのに反対しました。過剰乱獲の結果、世界の漁獲量が回復不可能な状況であるのが事実であることは明白であるにもかかわらずです。たとえばヨーロッパで今問題になっているクロマグロは、過去40年間で世界の漁獲量が80%も減少しました。一方日本では今年(2010年)の1月時点で、232kgのクロマグロが約18万ドル(約1476万円)で販売されていました。

また欧州議会の議員団のメンバーが今回、COP10の会議場に到着して最初の会合で、日本の環境大臣に日本の捕鯨問題について質問したところ、「捕鯨問題は日本では文化の次元の問題ということになっております」という返答が返ってきただけで、議論も封印されてしまいました。私たちとしては、願わくば、日本がグローバルなレベルでの「生物多様性の文化的価値」を尊重し、実行に移すことを期待してやみません。

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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