■醸造専門家は前向き評価

歴史ではなく醸造の専門家はどうだろう。山ブドウの発酵にも詳しい北九州市立大学国際環境工学部の森田洋教授は、後藤氏の論文にある黒大豆=前出写真=の酵母添加による発酵説について技術的には十分ありうることと前置きしたうえで、「山ブドウについている酵母でも発酵は可能だが、黒大豆の酵母で発酵はより促進されるのは間違いない。当時は微生物のことがよく知られていなかったが、酵母を繁殖させることで発酵が進むことを人々が経験的に知っていた可能性が高い」と述べる。

日本で酒に関する最高権威といえば、財務省所管の独立行政法人酒類総合研究所だが、業務統括部門 の福田央部門長の分析は傾聴に値する。

独立行政法人種類総合研究所

「黒大豆を使用しているということはブドウの発酵促進が目的であると考えられ、小倉藩細川家の葡萄酒は醸造酒のカテゴリーに入るものと推定される。ただ、破砕したブドウの果皮に付着している自然酵母のみでアルコール発酵そのものは可能であり、黒大豆の酵母の量がどれくらいであったか不明だが、黒大豆の使用が酵母の添加のためと考えるのは無理がある。むしろ、黒大豆にはタンパク質や脂質などが多く、タンパク質に由来するアミノ酸や脂質などの栄養の供給によって発酵が促進されると考える方が、自然である」

酵母ではなくアミノ酸や脂質を重視する視点からワインである可能性を示唆している。

■歴史検証に「熊本の審判」も

女性の愛飲家の増加や、サラリーマンのビジネスツールとして注目されたことで、ワイン文化は完全に日本に定着している。大手新聞社でもワイン担当の記者が現れ、紙面でワインの記事も目立つ。そんな時代、ワイン情報の「取りまとめ役」としてのソムリエ協会の責任は重い。

日本ワインへの関心の高まりで、その歴史についても知りたいという要望は多いに違いない。教本のおかげでこれだけ話題になった福岡ワインである。削除するのではなく、逆に、日本ワインのページを増やし、猿酒伝説や有孔鍔付(ゆうこうつばつき)土器による縄文ワイン説、水戸黄門の葡萄酒なども紹介すべきである。「それだけで本が1冊書けてしまう」と田崎会長は言うが、それで教本が厚くなってもいいではないか。教本は実用情報に偏りがちで、歴史・文化の香りが薄い。これを機会にこの分野を充実させ、質を高めてもいい。

九州は東京から遠いが、遣唐使や長崎・出島を挙げるまでもなく、歴史的にアジアや世界に開いた窓的な存在で、文化にも厚みがある。

ソムリエ協会にはワインの権威としての責任を果たしてほしいと願う。新たな文献の発見、研究によって旧来の歴史観が覆されるのは珍しいことではない。歴史の前では謙虚であるべきだ。

山本氏は、「もとの史料を直接見て、調査研究してみたい」と真相究明に意欲を示している。山本氏を中心に「最古のワイン史料」を検証する委員会をつくり、真実を究明してはどうだろう。関係者を熊本に集め「熊本の審判」を企画してもおもしろい。それが地道な調査・研究を進める後藤氏や勇気を持って新説を教本に紹介した遠藤氏、そして何よりワインラヴァーへの礼儀というものであろう。ここは、田崎会長のカリスマ性とリーダーシップに期待したい。  (完)

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