NPO法の施行から20年余り、NPOはいま代表が高齢化し世代交代に苦労しています。どうしたら事業の引継ぎがうまくいくのか? 最近、オンライン・イベント「NPO事業承継サミット2020」を開催した中間支援組織、特定非営利活動法人NPOサポートセンター自体が、実はカリスマ性の強い初代代表から現代表にバトンタッチしたばかり。その貴重な経験から世代交代をスムーズに行うにはどうしたらいいのいか、成功の秘訣を探りました。

大学時代は学生運動、就職してからは労働運動を引っ張った闘士タイプの山岸秀雄さんが、市民運動にまで枠を広げ、わが国初の中間支援組織NPOサポートセンターを創設、代表に就任したのは1993年。リオデジャネイロの地球サミットでNGOが注目されましたが、これが1992年ですから、いかに先駆的だったかわかります。

「成熟した市民社会が日本には必要だ。今こそNPOの出番」と、米国視察で目覚めた山岸さんの考えは時代を先取りしたものと言えます。NPO法ができる前で非営利団体そのものが少ない時代でしたから苦労も多かったことは想像に難くありませんが、行政との協働を柱に活動を展開、日本の市民社会の興隆に貢献しました。

しかし、栄枯盛衰。どんな組織も時代とともに古くなっていくのは避けられません。会社の寿命は30年といわれますが、生き残り、発展していく企業は常に時代に乗り遅れないよう絶え間ない改革を行っているのです。NPOも同じです。イノベーションが欠かせません。

NPOサポートセンターができた当時は、寄付や行政・企業からの助成金・補助金に頼るのが当たり前の時代でした。行政はNPOを育てる必要を感じていましたし、企業は支援するにふさわしい団体を探していました。しかし、その後、社会起業家の登場もありNPOも自前で資金循環を生みだす必要性が叫ばれるようになりました。企業がCSVやSDGsで自ら社会課題の解決に乗り出したことも影響しているでしょう。

こうした時代の変化により、それまで、省庁や自治体からの受託事業が90%を占めていたNPOサポートセンターのビジネスモデルは曲がり角を迎え、赤字に陥りました。危機感を抱いた山岸さんは代表辞任による世代交代を模索しますが、赤字が続き、借金は1億円、仕事がない状態ではそれもままなりません。コストカットでも乗り切れず、新たに就任した小堀悠事務局長がNPOアカデミーやコンサルタント業務などの自主事業に挑戦します。企業とのパートナーシップも軌道に乗り始め、なんとか活路を見いだすことができました。理事・監事を刷新したのもこのころです。

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