菅首相「脱炭素」と矛盾する電力政策(1)容量市場

海外の容量市場の5-10倍の価格で落札

(1)再エネは季節や天候などで発電量が変動するので、火力発電所などが需要と供給のバランスを調整している
(2)これらの発電所もいずれ建て替えが必要だが、市場価格の低下が進めば、発電所の建設や建て替えを断念することが考えられる
(3)そうすると発電所の閉鎖だけが進み、需要に対して供給力が足りなくなり、電気料金が高くなる恐れがある。

だから先に拠出金(買い取り価格)を決めて、発電所を守る必要があるという。一見、正論に映るが、菅首相が「脱炭素宣言」をした以上は、そもそも火力発電所(特に石炭)の維持自体が、「パリ協定」と方向性が違う。再エネ発電量の変動については、世界的には大容量蓄電池や送電線網(グリッド)の強化で対応する流れだ。

実はすでに今年7月、容量市場の第1回入札が行われ、約定価格(取引予定価格)は設定された上限価格に張り付き、14137円/kWになった。これは海外の容量市場の5-10倍にもなるというから法外な価格だ。

例えば東京電力ホールディングスのように、発電会社と送配電会社、小売り会社を傘下に擁していれば、4年後に小売り会社が支払う金額以上が発電会社に入ってくる。これは明らかに10大電力会社に有利な仕組みだ。

一方、自らで発電所を持たない新電力会社の多くは、小売価格に転嫁するか、自社で被らなければならない。

グリーンピープルパワーの竹村英明社長によると、「化石燃料の電気供給の少ない再エネ主体の新電力会社ほど影響は大きく、売上高の1割近くが容量市場への拠出金になる」という。竹村社長は「容量市場という名の、大手電力に対する補助金だ」と指摘する。

政府が「2050年カーボン実質ゼロ」を掲げておきながら、一方で、小規模な再エネ業者には不利な仕組みが導入されてしまった。正確には、政府の「カーボンゼロ」が時系列では後になるが、だからこそ、今からでも容量市場の見直しは不可欠だろう。

容量市場で守られるのは石炭やLNG、石油など化石燃料による火力発電所だけではない。原子力発電所も同様だ。

電力調査統計(2019年)によると、石炭27.8%、LNG36.0%、石油2.6%、その他火力8.7%、原子力6.5%、水力7.4%、太陽光・風力・地熱・バイオマスを合わせて11.1%というシェアだった。

容量市場は「先物取引」の側面もあるが、実は電力市場には日本卸電力取引所(JEPX)のスポット市場や先物市場がすでに存在している。「それにも関わらず、ベースロード市場、非化石市場など新たな電力市場が作られ、さらにJEPXから離れた容量市場が作られました」(経産大臣・環境大臣への要望書から)。

このままでは、健全な再生可能エネルギー関連の新電力会社が経営難に陥り、政府が掲げる「2050カーボン実質ゼロ」も達成できなくなる恐れがある。そうなる前に、政府は容量市場の廃止を視野に、大胆な政策のかじ取りをすべきだろう。

新電力会社の要望に対して、小泉環境大臣は「これは何とかしなければならないですね」と理解を示したという。経産省は新電力会社の要望にどう答えるか。このままでは、本当に日本の再生可能エネルギーは廃れてしまう。

森 摂(オルタナ編集長)

森 摂(オルタナ編集長)

株式会社オルタナ代表取締役社長・「オルタナ」編集長 武蔵野大学大学院環境学研究科客員教授。大阪星光学院高校、東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。編集局流通経済部などを経て 1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。環境省「グッドライフアワード」実行委員、環境省「地域循環共生圏づくりプラットフォーム有識者会議」委員、一般社団法人CSR経営者フォーラム代表理事、日本自動車会議「クルマ・社会・パートナーシップ大賞」選考委員ほか。

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