カレーに1杯のワインを添えて(希代準郎)

「母の介護を兄弟3人で交代でやっていてね。金曜の夜から週末の担当が僕なんだ」
「介護かあ、大変ですね」
「認知症でもう僕のことも誰だがわからないんだ」
「ワインは?」
「母は若いころフランスに住んでいたことがあって、そのころから、カレーにゲヴュルツトラミネールを合わせていたみたいなんだ。ライチや白ばら、スパイスの香りが好きみたい。ここのお店のことを話したら、鼻のいい人がいるに違いないって言っていたけど、ひょっとして、君かな?」
「私、スパイスクッキーを焼いていますから」
 白山は声をあげた。
「これはびっくり。実は母もパリのクッキー職人だったんだ。いつもスパイスを工夫していて、フランスでも評判がよかったらしい」
 カレーとワインを楽しんだ日は、昔話に花が咲くと聞いて、鮎未は温かい気分になった。
 その夜、仕事が終わって、白山の母への思いやりに感激したあまりオツリを渡し忘れてしまったことを店長に打ち明けた。店長は昔、拷問でつぶれた指に力を入れてゲヴュルツトラミネールをグラスについでくれた。これに負けないスリランカのおいしい白ワインを探さなくては、鮎未はその思いを強くした。            (完)

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希代 準郎

きだい・じゅんろう 作家。日常に潜む闇と、そこに展開する不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな担い手。この短編小説の連載では、現代の様々な社会的課題に着目、そこにかかわる群像を通して生きる意味、生と死を考える。

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