日本にもESG(環境・社会・ガバナンス)という言葉がかなり浸透してきた。しかし、総じて日本企業は「E」(環境)は積極的であるものの、「S」(社会)と「G」(ガバナンス)が弱い印象がある。多くの企業や組織の内側や外側からガバナンスを見てきた郷原信郎弁護士に話を聞いた。(聞き手=オルタナ編集長・森 摂、オルタナS編集長・池田真隆、写真=山口 勉)

日本企業のガバナンスについて語る郷原弁護士

――ガバナンスは一般的に「企業統治」と訳されますが、本当に「従業員を統治・支配するもの」なのでしょうか。

ガバナンスは、企業としての意思決定を健全に行うシステムを指します。単に組織としての形が整っているだけでなく、あらゆる「社会の要請」に応える「広義のコンプライアンス」の観点を踏まえた意思決定が必要です。

――日本企業のガバナンスは総じて合格点をあげられますか。

まだまだでしょう。重要な問題について重大な意思決定を行うときに、本当の意味での適切な意思決定を行うシステムが備わっている企業は少ないと思います。

――日本企業に欠けているものは何でしょうか。

歴史が長い企業には、会社の中に染み付いた「常識」があります。長年に渡って形づくられてきたもので、多くの人が共有している価値観です。これにとらわれた意思決定しかできない状態に陥っています。

――良く言えば「暗黙知」ですが、悪く言うと「忖度」になりますね。

はい。一方で、社外役員は、本当の意味で、事業の実態を知り、意見や判断を示せる役員は少ないです。名を連ねているだけの「お客さん」という企業も多いと思います。

――これは日本企業というより、日本人全体の問題ではないでしょうか。生徒・学生の時にディベートの訓練を受けずに育ったので、意見が異なる人と対話することに慣れていないのでは。

伝統企業というのは、本当の意味でのディスカッションがボードメンバーで行われることは少なく、ほとんどの会議が「根回し」で決まる世界です。社内には明確な上下関係が存在し、下には発言権が与えられていない。

社外取締役を加えた取締役会では、社内で決まったことに対して、社外の目から見たご意見を拝聴するだけという組織が多いと思います。

――状況を改善するためにはどうすればよいでしょうか。

まず、「コンプライアンスは法令遵守だけではない」という前提に立って、社会の要請に応えることの意味をしっかりと理解し、経営の大前提だと認識して、社内での議論を活発にすることが必要です。

なぜ法令遵守するだけでは不十分なのかという問いに、身近な言葉で答えられる人も少ないはずです。

東京外郭環状道路(外環道)のトンネル工事の影響で、東京都調布市の住宅街に陥没や空洞が起きた問題で、私は被害者側の弁護団長をしていますが、これは法令順守だけでは不十分ということを示す典型的なケースです。

国の認可があれば、地上権とは関係なく、岩盤を掘ることができるという法律があります。東日本高速道路はこの法令の範囲内で工事を行ったのですが、実際には、あれだけの被害が出ています。

被害が出たのに、「法令には反していない。工事の施工上の不具合で、局所的な現象で生じた」というストーリーに矮小化しようとしています。

有識者委員会をつくり、専門的なお墨付きを与えて、この問題を片付けようとしています。これは、コンプライアンスでも何でもない。でも、法令遵守はしている。これはこの国にとって大きな社会問題です。

「コンプライアンスは法令遵守ではない」と分かっても、本当の意味で理解している人は極めて少ないです。

事業の外にあるものを「社会の要請」と思ってしまうのは、ガバナンスとコンプライアンスを切り離して考えているからです。ガバナンスは事業の意思決定において機能するもので、そこにはコンプライアンスの観点が不可欠です。

――日本では議論を重ねるという土壌が弱いので、ガバナンスを本当に理解するのは大変ですね。

具体的な事例を通して学ぶしかないと思います。ガバナンスの重要性を深く実感できるのは、自分の会社が危機に直面したときです。

――不祥事を起こした会社こそ、うまくいけばいい体質になるチャンスもあると思います。

しっかりと問題に向き合い、組織を変えていく覚悟があればですね。多くは上辺だけだと思います。

――日本企業のガバナンスで評価できる企業はありますか。

問題を起こした企業を指摘することはできるのですが、評価するには、隅々まで知らないと評価できないので難しいです。

例えば、日産は、ガバナンスは最低でしたね。ゴーン追放クーデターのやり方はガバナンスを無視しています。コーポレートガバナンスのルールからするとあり得ない。検察捜査という権力的手段で経営トップを追放した。

東芝は、歴代の社長が繰り返した粉飾決算への会社としての対応に問題がありました。本質的な問題だった米国での原発事業を検討対象から外したことから、第三者委員会が機能しませんでした。東芝は本当に多くのものを失ってしまいました。

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