ミャンマーでは歴史的、構造的に国軍が国内経済に深く関与しています。例えば国軍ビジネスの要として軍事政権によって1990年に設立されたMEHL(ミャンマー・エコノミック・ホールディングス)は軍人とその家族の福利厚生を目的とする持ち株会社ですが、傘下に鉱業、ビール、たばこ、衣料品や銀行などを抱える複合企業で、国軍関係者が株主に名前を連ねています。外国企業との提携相手になっており、配当などで軍部は巨額マネーを吸い上げているとされています。

このため、クーデター後のデモ隊弾圧を機にキリンホールディングスが合弁解消の方針を明らかにしたのをはじめ、韓国の鉄鋼大手ポスコグループも提携を見直し、関係会社へのMEHLの出資分をポスコ側が買い取る方向で調整を進めています。韓国の衣料メーカ、パン・パシフィックも事業提携を解消する手続きを進めているようです。ノルウェーの通信会社、テレノールもミャンマー事業を売却するなど経営を再考していると伝えられます。

こうした中でYコンプレックスの日本企業は撤退要求を突き付けられたわけですが、ここで考えたいのは、人権問題について企業の責任はどこまで問われるべきなのかということです。

企業の責任の範囲は?

一般的に人権問題で企業の責任とされるのは本支社や工場、サプライチェーンなどにおけるパワハラ、セクハラ、児童労働、強制労働、虐待、人種差別、女性差別など幅広い人権侵害です。

ビジネスのグローバル化に伴い新たな視点で2011年、国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則」が採択されました。この指導原則では企業の人権尊重責任(人権を侵害しない責任=原則11)が大きな柱となっていますが、責任を問われる範囲については自社やグループ企業だけでなく広く取引先など事業パートナーの人権侵害も対象となります(原則13)。

以前は「影響の範囲」(sphere of influence)という言葉を使っていましたが、現在はinfluenceをやめ、インパクト(影響)とレバレッジ(影響力)という概念で議論されています。つまり、インパクトは直接的に現れた被害やダメージの意味で、自社が直接、人権侵害の原因ならそれを是正する責任があります。一方、レバレッジは事業パートナーが人権侵害を引き起こしている場合、企業がその取引先を通した影響力を行使する責任を負うということです。Yコンプレックスの場合、賃借料が払われる国軍を取引先だと考えれば、影響力を行使して人権侵害を是正する責任があることになります。これまでのように「経済は政治とは別」と言っていられない状況です。日本企業はそうした責任を自覚すべきでしょう。

欧米の企業は人権意識が高く、こうした基準に沿って動いているように見えます。クーデター直後の2月中旬にヤンゴンの民間団体、MCRB(Myanmar Center for Responsible Business=責任あるビジネスのためのミャンマーセンター)がクーデターへの懸念を表明し、人権、民主主義、表現の自由や集会の自由を求める共同声明を発表しました。欧米のコカ・コーラ、タトル、H&L,ユニリーバなどグローバル企業が次々に署名しましたが、日本企業は当初、無関心でした。その後、日本大使館の口添えもあり、大塚製薬、クボタ、デンソーなど4-5社が署名しましたが、お粗末な対応で国際的な失望を買いました。

5月には、人権団体、ジャスティス・フォア・ミャンマーは、軍事政権とその財閥と取引のある61社(日本企業を含む)を発表、軍政と関わりのあるこれら企業に投資している機関投資家に離脱を要求すると同時に、企業から軍への「支払いを停止」するよう圧力をかけるよう求めています。

しかし、日本企業は現場の混乱に対応するのに追われ、人権問題での危機感は薄いようです。ミャンマーにあるEU商工会は「われわれはとどまるべきか撤退すべきか」という縫製業界の現状を憂える声明を発表、「欧州からの投資でミャンマーの縫製業界は急成長し輸出も拡大した。いま70万人が雇用されている。最大の懸念は従業員の安全で、われわれはいまこの国にとどまるか撤退するかの岐路に立たされている。国軍への利益提供は少ないが、もし撤退すればミャンマーの縫製業は大きな打撃を受ける」と苦境を訴え、共感を呼んでいます。日本企業はこのままでいいのでしょうか。ESG,SDGsの立場からミャンマーの経営を見直し、撤退するかどうかは別にして、人権ついて何らかの発信を期待されているのではないかと思います。

日本政府は人権デュー・ディリジェンス要請を

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