オリパラで終わらせない、「情報保障」の気付き

最近はさきほどの「朝ドラ送り」のように時間ギリギリまでしゃべる番組が増えた気がする。複数のゲストが出演して次々に会話のキャッチボールをするスタイルや、大勢がワアワアと同時に話し出す場面も多い。

画面上もにぎやかである。たとえばあるワイドショーでは、時刻・番組ロゴ・天気・気温・星占い・番組QRコード・ニュースのヘッドライン・交通情報・緊急事態宣言情報・出演者の名前と紹介文・出演者の反応を映すワイプ画面・フリップなどの視覚情報が次々と表示され、字幕はそれらに重なってしまうことも多い。

テレビ放送での小さな情報格差はたくさんある。キコエル私はエンディングの音楽がかすかに流れ始めて音が大きくなればそろそろ番組が終わるとわかる。チャイムが鳴ってコマーシャルに入るのを知らせる番組もあるし、速報の警告音はよそ見をしていても気がつく。

しゃべりすぎの音声もにぎやかな画面も、番組を制作する側に情報保障を受ける側への意識が欠けているのだと思う。単純にキコエル人に基準を置いた番組を作って情報保障さえ付ければユニバーサルになる、そんなふうに考えているのではないか。

■「キコエル人が音声を消して見る画面」≠「キコエナイ人が見る画面」

こんなふうに情報保障について書いてはいるものの、私にできるのは情報保障の不備によって抜け落ちている情報を指摘することだけである。番組や情報保障の本当の意味での評価は受け手であるキコエナイ当事者にしてもらわなければいけない。

それは「キコエル私が試しに音声を消して見る画面」と「キコエナイ人が見る画面」は違うと思うからだ。個人差はあるけれど、キコエナイ人、特に手話で生きているろう者は圧倒的に「目の人」だ。映像の細かいところにまで気がつくし、ちょっとした動きや視線の移動にも敏感だと思う。だから物理的に同じ画面を見たとしても、そこから何を読み取りどう感じるかはキコエル私とキコエナイ人では異なるはずだ。

私は「試しに」音声を消して見てみるだけで、普段は音声を聞きながら興味あるニュースにだけ目を向けることができるキコエル人なのだ。キコエナイ人は見なければ情報が入ってこない。だからこそ、たとえ理解があるつもり、味方でいるつもりでも、キコエル私が代弁者になってはいけないと思う。

■ユニバーサルの基準はどこにあるか

実は以前参加したキコエナイ人・キコエル人共同のプロジェクトで、手話動画に入っていた雑音をめぐって驚いたことがある。手話動画の背景にわりと大きな生活音が入っているので消した方がいいという話になったのだが、「キコエル人にはボリュームを調整して不快な音を聞かない選択肢があるのに、なぜ消す必要があるのか」という意見があって目からうろこが落ちた。

まったくその通りだと思う。キコエル私からすれば雑音が入っているから消そう、で終わる話だったのだが、それがとても傲慢な考え方だと知らされたのだ。テレビ画面に置き換えてみればわかる。キコエナイ人は雑多な視覚情報をごちゃごちゃと見せられ、その中から必要な情報を選んで見ている。音声を消すボリュームのように不要な映像を消すスイッチはないのだ。

この雑音についてのやりとりは、どんなに理解者であるつもりでも、私の基準がキコエル人の側にあることを教えてくれた。もちろん私はキコエル人なのでそれが悪いとは思わない。しかしキコエル・キコエナイに関することを考え、発信するときの目安として常に意識しておきたいと思う。

■「障害のある方のために」施す情報保障から当事者が制作・評価するコンテンツへ

キコエナイ妹と育った子ども時代から今回のオリンピック・パラリンピックの放送まで、テレビの情報保障を通じて気がついたことを書いてみたが、私の理想は前出の『8時だヨ!全員集合』のように家族が一緒に見て自然に笑える番組である。字幕もなく情報保障なんて考えもしなかった時代になぜ妹と一緒に楽しめたのか。それはこの番組にはキコエル・キコエナイに関係なく見るだけで伝わる情報が多かったからだと思う。

動画配信などのメディアが増えて、若者はあまりテレビを見ないそうだ。自分の見たいものを選択する時代において、これからは「障害のある方のために」おまけで情報保障を付けたかどうかよりも、番組そのものがユニバーサルかどうかを評価すべきなのかもしれない。

そのような番組を制作し評価する場には、ぜひ多くのキコエナイ当事者に(もちろん他の障害当事者にも)入っていただきたい。しゃべりすぎず、にぎやかすぎず、ニーズを勝手に判断せず、そしてキコエル・キコエナイきょうだいたちが家族と一緒に笑える番組を期待したいと思う。

◆杉山たたみ
キコエル姉 / 妹がろう / Sibling of a Deaf Adult (SODA) / 聞こえないきょうだいをもつSODAソーダの会 / NPO法人インフォメーションギャップバスター(家族プロジェクト) / キコエル姉の視点から、親・きょうだい・社会の間にあるキコエル・キコエナイの境目について考えたことを発信します

【関連情報】
◆Sibkotoシブコト 障害者のきょうだいのためのサイト
特集記事『聞こえないきょうだいと育つということ ―聞こえるきょうだい=SODAソーダが考える「親あるうちに」―』
https://sibkoto.org/articles/detail/40

◆聞こえないきょうだいをもつSODAソーダの会
https://soda-siblings.jimdofree.com/

◆NPO法人インフォメーションギャップバスター
https://www.infogapbuster.org/

◆ろうなび-ろう者が選んだろう・難聴に関する学術情報ポータルサイト
『ディナーテーブル症候群―家族団らんに参加できないろう者の経験をもとにした現象学的研究―』
https://sites.google.com/view/rounabi/dinnertable

editor

オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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キーワード: #ビジネスと人権

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