「成長と分配」より「分配と成長」を:大西 連

雑誌オルタナ68号(3月31日発売)の先出し記事です。68号では「戦争と平和と資本主義」をテーマに9人の有識者に寄稿頂きました。68号に掲載した記事をオンラインでも掲載します。

「貧困を社会的に解決する」をミッションに活動してきた特定非営利活動法人自立生活サポートセンターもやい(東京・新宿)。大西連理事長は「政府が掲げる『新しい資本主義』に『新しさ』はなく、『成長』に偏っている。まずは低所得者層の底上げが必要だ」と強調する。

大西 連(おおにし・れん)
特定非営利活動法人自立生活サポートセンターもやい理事長。1987年、東京生まれ。2010年ころら生生活困困窮支援に携わる。日本の貧困問題、社会保障についての発信や政策提言も行う。主著に『すぐそばにある「貧困」』(ポプラ社) など。

このコロナ禍で生活困窮者の相談が急増し、例年より1.5─2倍に増えました。都庁前の「食品配布活動」では、コロナ前は100人ほどだったのが、いまは毎週500人近くが集まっています。若い人、女性、非正規労働者、飲食店勤めなどが多いですが、あらゆる産業・業種で収入減や失業が目立ちます。この状況はもう2年続いています。

以前は住まいや仕事が無い人、ネットカフェ生活者がほとんどでしたが、現在は住まいや仕事があっても、慢性的な低所得生活で、生活の防衛や節約のために食事をもらいに来る人が増えました。脆弱な立場で「貧困に陥る手前」の人たち(貧困予備軍)は、想像以上に多いのです。こうした人たちはコロナで「発生した」というよりも、コロナがきっかけで「貧困に陥るリスクが顕在化された」のです。

会議メンバーに「多様性」が必要 

この反省もあって、岸田政権は「新しい資本主義会議」を立ち上げ、「成長と分配」のメッセージを打ち出したのでしょう。しかし、提示された政策はこれまでの延長線上に過ぎず、新しさはありません。実際に起きている問題に向き合い、解決策を見い出そうという意思は感じられません。

「新しい資本主義実現会議」の有識者委員には、若い起業家や女性も入っています。それ自体は意欲的だと思いますが、根本的な問題をどう解決するかを考えると、産業界だけでなく、NPOや地域の自治組織といった多様なステークホルダーのコミットメントが必要です。

政府が掲げる「新しい資本主義」は、基本的には、新しい産業やイノベーションを創出し、スタートアップを支援することで景気回復を目指す方針です。

デジタルトランスフォーメーション(DX)、ITやロボットの活用、カーボンニュートラルなど従来の政策とあまり変わりありません。そのなかで、非正規労働者の待遇改善や賃上げも入っていますが、メインは「成長」です。安倍政権でも「一億総活躍」を掲げていましたが、結局、新しい言葉を使うだけで政策の中身はあまり変わらなかった。

経済成長やイノベーションでは、貧困や格差の問題を解決できないということは、イノベーションが活発な諸外国を見ても明らかです。ですから、「分配が成長の土台になる」という新しい視点から考えるべきでしょう。これまでと違うところに正解があるかもしれません。

賃上げは必要ですが、現状の方向性では、年収200万円の人が300万円になるわけではありません。仮に年収300万円でも、教育や子育てなどにお金がかかったら意味がない。トータルのパッケージとして、保障のあり方を考えていく必要があるのです。

若年層や女性の待遇がなぜ低いのか、という命題に本気で向き合わない限り、「新しい資本主義」は生まれないと思います。

「成長と分配」ではなく、まずは「分配」が先に来るべきです。つまり「分配と成長」です。これまでは、分配が後回しでした。景気が良いときは貧困予備軍が見えにくいからです。不安定な生活基盤にある人を安定化させるための変革が必要です。

例えば、大学生の2人に1人が平均200万円の奨学金を借りている問題があります。それに対し、所得に応じた額を返済するオーストラリア方式の検討を日本でも始めたこと自体は、良いと思います。

しかし、「新しい」仕組みを始めるなら、「全員給付」にする考え方もあります。奨学金は負担だという自明の問題に対して、解決策として応能負担にするのは、「新しい」というよりは、当然の制度ではないでしょうか。

■未来の目標掲げ逆算した政策を

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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キーワード: #ビジネスと人権

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