スペインのサッカーに学ぶ「パワハラと指導の違い」

運動部や企業などあらゆる組織で「パワハラ」の事例が絶えない。1991年にスペインに渡り、名門「ビジャレアルCF」などで30年以上指導者として活躍し、数々のスペイン代表を育てた佐伯夕利子氏は「パワハラは『上下関係の歪み』から発生する。加害者がなぜ生まれたのか検証することが重要だ」と指摘する。(聞き手・オルタナS編集長=池田 真隆)

佐伯夕利子:
ビジャレアルCF。WEリーグ理事。 スペインサッカー協会ナショナルライセンス。UEFA Proライセンス。03年スペイン男子3部リーグの監督就任。 04年アトレティコ・マドリード女子監督、育成副部長。07年バレンシアCF強化執行部に移籍、国王杯優勝。 08年ビジャレアルCFと契約、U19やレディース監督を歴任。 18~22年Jリーグ特任理事、常勤理事。著書「教えないスキル ~ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術~」

――日本のスポーツ現場での「パワハラ」についてどう考えますか

「パワハラはいけない」という認識が広がったので、パワハラを認知できるフェーズにやっと入ったと思います。これまではパワハラは、無いものにされてきました。私自身も日本で信じられないほど指導者が選手を罵倒する現場を目の当たりにしてきました。正直に言うと、その現場を見て日本のスポーツ界に失望した一人でもあります。

一昔前はほかの先進国からすると訴訟が起きて当然のことが、学校レベルで片づけられたケースが散見されていました。いまはその状況からは良くなりましたが、ここから改善のフェーズに行くまではまだステップが必要です。

改善の仕組みは「サーキュラ―」であるべきです。サーキュラ―とは、内通者や被害者を救うことはもちろん、加害者をも排除してはいけないのです。指導者の改善だけでなく、指導現場のパトロールも必要です。ここでいうパトロールとは問題を監視する意味ではなく、素晴らしい指導者を認めていくという意味です。

そうした作業の中で、問題のある指導者がいたときには、周囲が声を上げることができる仕組みにすることが重要です。

暴力コーチが抱える「寂しさ」の正体

――どうすればその仕組みをつくれますか。

スペインのプロサッカーリーグ「ラ・リーガ」は1部と2部で42クラブあるのですが、今年からクラブスタッフ向けにサステナビリティ研修を行っています。週に8時間、外部から専門家を招いて、クラブ経営にサステナビリティをどう統合するのか話を聞いています。

ラ・リーガが主催するサステナビリティ研修の様子

各クラブに「サステナビリティオフィサー」を置くことを要請しています。ただ、現時点で専門部署を作ったのは「バルセロナ」だけです。各クラブはサステナビリティを正しく理解する段階で、経理、育成、マーケティング、法務など様々なポジションの担当者が参加しています。

研修を受けに各クラブ様々な担当者が集う、写真中央が佐伯さん

サッカー大国スペインではサッカークラブの社会的影響力が一般企業よりも高いので、生き残るためには、サステナビリティの取り組みが不可欠です。それにEUは廃棄物やプラスチック、脱炭素などサステナビリティ関連の法令や制度が急速に体系化されています。

世界の投資家の目も売上高や株価などの数値化できる財務価値から、環境や社会、ガバナンスなどの非財務価値(ESG)に移っています。現段階では今季終了後11クラブがESGレポートを発行する予定です。

ラ・リーガとしてもこの潮流に取り残されないよう、必死に追いつこうとしている印象です。しっかりサステナビリティに取り組むことで、「レピュテーションの向上」「収益の向上」「コスト減」「コンプライアンスの強化」「優秀な人材の獲得」——の5つのメリットを目指します。

ビジャレアルからは私が研修に参加していますが、そこで一番に教えられたことは、「測れないものは存在しない」ということでした。

これまで可視化できていなかったことを可視化することがサステナビリティの最初の一歩だと研修では教わりました。そのため、ハラスメントが起きているという前提に立ち、可視化しないといけません。そのような危機感を持って対策を考えています。

プロ・アマ問わずスポーツ界は上下関係が基盤にあります。その上下関係に歪みが起きたときに、人はハラスメントをする生き物だと認識しています。一方で、人はその歪みを正すことができる生き物でもあります。

パワハラ対策に「模範解答」はありません。対策を考えるには、まず加害者はどこから来たのかをしっかりと検証する必要があります。

私は2018年から4年間、Jリーグの理事として多くの日本のクラブを見てきました。振り返ると、心が病んでいる人が多いと感じます。暴力を振う指導者の共通項に、「寂しさや不安」があります。ある一定の実績を収めた人たちなのに、寂しく、孤立していました。

私から日本の指導者に伝えたいのは、人として本質的なことを教えてほしいということです。日本の子どもたちは、正しいことを教え込まれ過ぎている印象を持ちます。そうして育った子どもは、人としての感情や衝動を表に出しづらくなります。私はこれを「感情の抑圧」と呼んでいます。我慢することを学習するのです。

言葉で論理的に説明する以上に、人として大事なことを教えられた経験があれば、「心理的安全性」を感じるようになり、ミスを恐れずにのびのびとプレーできます。

■心理的安全性はオシムさんの「ブラボー」に学べ

――ビジャレアルではどのように教えていますか。

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M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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