ノルマ廃止、組織に風通す 商工中金のガバナンス改革

商工組合中央金庫 関根 正裕 社長インタビュー

記事のポイント
①大規模不正融資からの再建を目指す商工中金はガバナンス改革に取り組む
②外形だけでなく、心理的安全性やマイパーパスの策定など内面にまで踏み込んだ
③縦割り組織がフラットな組織風土に変わるまでの秘話を関根正裕社長に聞いた

「縦割り組織を解体するためにあらゆる手段を尽くしてきた」。こう話すのは、商工組合中央金庫の関根正裕社長だ。2016年に発覚した大規模な不正融資事件を受け、貸し付けノルマの廃止など組織風土の改善に力を入れてきた。ガバナンス改革は制度設計など外形だけにこだわらず、従業員の心理的安全性やマイパーパスの策定など内面にまで踏み込んだ。(オルタナS編集長=池田 真隆、写真=高橋 慎一)

関根 正裕[せきね・まさひろ] 1981年早稲田大学政治経済学部卒、第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。総会屋への利益供与事件後の行内改革に携わる。2005年、西武再建を託された後藤高志・みずほコーポレート銀行副頭取(当時)に呼ばれ、西武グループへ。グループの事業再編やプリンスホテルの経営立て直しなどに関わった。10年プリンスホテル取締役常務執行役員。18年から商工組合中央金庫代表取締役社長

1936年創業の商工中金は、政府と民間団体が共同で出資する唯一の政府系金融機関だ。国際協力銀行、日本政策投資銀行など他の政府系金融機関と違って、中小企業向け金融を主たる業務にしている。

同行で大規模な不正融資が見つかったのが2016年10月。鹿児島支店が「危機対応」の名目で行った融資に不正が発覚した。この事案を契機に全22万件に及ぶ融資案件を調べた。すると、総額約2600億円、4600件を超える不正融資が明らかになった。

国内支店100店舗中97店舗で不正が発覚し、800人以上が処分を受けた。金融機関としては前例がない大規模な不正であり、社会的に大きく信頼を失った。

「内部統制の機能不全」「ノルマ体質」「コンプライアンス意識の低下」「ガバナンス態勢の欠如」などが不正の根本原因とされた。2017年5月と10月に金融庁などの主務省から2度に渡り「業務改善命令」が下され、「抜本的な再発防止策の策定」などを命じられた。

社長含めて全取締役を社外から招聘

再建を図る商工中金がまず取り組んだのが、「取締役会の機能強化」だ。従来は、内部監査会議やコンプライアンス会議は取締役会とは直結していなかった。これらの会議を取締役会直結にすることで、関与を高めた。

さらに、社長を含め7人の取締役の過半数(4人)を社外取締役にした。これにより、経営の執行と監督を分離した「モニタリング型」の取締役会に変えたのだ。商工中金のガバナンス改革の特徴はここにある。

商工中金はこの体制を変えることはできないので、社外から社長を含めた全取締役を招聘することにした。こうして、実質的にモニタリングができる体制にしたのだ。不祥事を起こした社内からは取締役を選任せず、プロパー役員は監査役1人だけにして多様性と透明性を高めた。

取締役会の審議時間は2倍超、発言回数は約20倍に

取締役会を「儀礼的な場」から「意見が出る場」に変えるため、社内と社外の取締役の情報格差を埋める「ブリーフィング時間」を設けた。毎月の取締役会の3日ほど前に、各部署の部長らが社外取締役・監査役に事前説明を行う。

2021年度からは、決議事項と報告事項に加えて、経営戦略やDX、サステナビリティ戦略などを自由に話し合う「討議事項」も導入した。これらの施策の効果は顕著に表れている。

不祥事前の2015年度は取締役会での審議時間は年間約700分、社外取締役・監査役が発言した回数は20回もなかった。

だが、2017年度は審議時間が1400分を超え、発言回数は100回を超えた。審議時間と発言回数は年度を重ねるごとに増えており、2021年度は約1800分、発言回数も300回を超えるまでになった。

この改革の陣頭指揮を執ったのは、「企業再生のプロ」として知られる関根正裕社長だ。関根社長は、第一勧業銀行時代、総会屋への利益供与事件後に行内改革に携わったり、プリンスホテルの経営立て直しに関わったりしてきた。

2018年3月に行った社長就任会見では「解体的出直し」を宣言した。それ以来4年間、主務省に提出した「業務改善計画」を着実に進めてきた。

外部の有識者会議が、「新たなビジネスモデルはおおむね確立できた」と商工中金の業務改善を評価するまでになった。

心理的安全性を高め風通しの良い組織風土へ

関根社長が取り組んだことは、制度設計など外形のガバナンス改革に留まらない。上意下達の縦割り型組織を壊し、風通しの良い組織風土に変えるため、職員の内面の意識改革にも取り組んだ。

目指したのは心理的安全性が担保された「言いたいことが言える組織」だ。関根社長は、「コンプライアンスやガバナンスを強化する体制やルールはつくれるが、外形だけだと不十分。組織風土が変わらない限り、繰り返す」と言い切る。

内面のガバナンスをどう高めるのか。関根社長にはまず、「心理的安全性の高め方」を聞いた。

縦割り組織から「風通しの良い、フラットな組織」を目指した

――ガバナンスを高めるために、職員の心理的安全性に着目しました。

これまでの経験から、不正が起きる組織のパターンは分かっていました。上意下達、風通しが悪い、同質性、隠蔽体質、情報開示が徹底されていない、業績至上主義などの組織は不正が起きる可能性が高いです。

コンプライアンスやガバナンスは形をつくることはできますが、外形だけでは不十分です。企業文化や組織風土が変わらない限り、繰り返します。

だから、私が一番注力したのは風通しの良い組織風土にしていくことです。そのためには、職員の心理的安全性を確保することが重要です。言いたいことがあれば、言い合える「対話型」の組織を目指しました。

――何から取り組みましたか。

業績のプレッシャーから解放するために、ノルマを廃止しました。そして、上司にはノルマでマネジメントすることを禁止しました。

さらに、目標は営業店職員自身で決めてもらうように変えました。これまでは、本部が各支店に融資他各種目標を指示していました。

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M.Ikeda

池田 真隆 (オルタナS編集長)

株式会社オルタナ取締役、オルタナS編集長 1989年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。 環境省「中小企業の環境経営のあり方検討会」委員、農林水産省「2027年国際園芸博覧会政府出展検討会」委員、「エコアクション21」オブザイヤー審査員、社会福祉HERO’S TOKYO 最終審査員、Jリーグ「シャレン!」審査委員など。

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キーワード: #ガバナンス

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