記事のポイント
- 自然環境の再生を意味する「リジェネラティブ」という考え方に注目が集まる
- リジェネラティブ農業は、普及すれば環境に与えるインパクトは大きい
- ネスレは2030年までに約1400億円を投じて、移行を加速する
持続可能な社会を目指す中、持続させるだけでなく、自然環境をより良い状態へ再生させる「リジェネラティブ」という考え方に注目が集まっている。なかでも良質な土壌をつくりだすことで、CO2削減に寄与するリジェネラティブ(環境再生型)農業は、普及すれば環境に与えるインパクトも大きい。この取り組みを先行するネスレは2030年までに約1400億円を投じて、リジェネラティブ農業への移行を加速する。(伊藤 恵)
■農業で自然環境を回復させるという発想
リジェネラティブ農業は、土壌を修復・改善しながら有機物を増やすことで炭素を貯留し、気候変動の抑制を目指す農法だ。
具体的な手法としては、土を耕さずに農作物を栽培する不耕起栽培や、休閑期に地面を覆うように植物を植える被覆作物の活用、異なる作物を周期的に栽培する輪作などが挙げられる。
いずれの手法も土の中の栄養素や微生物生態系のバランスを保ったり、丈夫な根をつくったりすることに寄与し、土壌への炭素隔離を促すものになっている。
2019年の国際連合でもリジェネラティブ農業は取り上げられた。One Planet Business for Biodiversity (OP2B) では、農場や周辺の生物多様性の保護と向上、土壌の炭素と水の保持能力の向上が目的として挙げられた。
肥料や殺虫剤の使用を減らしながら作物と自然の回復力を高めること、農場コミュニティの生活サポートも重視した。
同時に1ヘクタール当たりの地中の炭素量や、殺虫剤及び肥料の使用量など8つの指標も掲げられた。これらの目的や指標が、企業にとってリジェネラティブ農業に取り組むきっかけになることも期待される。
■リジェネラティブ農業に取り組む先進企業
まだ一般的に普及していないリジェネラティブ農業だが、気候変動に対して先進的なアクションをとる企業では多くの取り組みが実施されている。
パタゴニアでは、すでに1996年から製品にオーガニックコットンのみ採用する方針をとっていたが、さらに2018年からは、リジェネラティブ・オーガニック農法でコットンを栽培する農家の支援を行う。
インドではじまったプログラムは2200以上の農家へ拡張。2022年には、リジェネラティブ・オーガニック・サーティファイド・コットン製品を発売するに至った。
さらにパタゴニアは、アパレルメーカーの枠を越えて、食品業界への参入も果たしている。これもリジェネラティブ農業による環境再生が目的だ。
例えば発売しているオーガニックビールでは、「カーンザ」という多年生の穀物を原料に使用している。この穀物は根が長く炭素を多く吸収するもので、オーガニックビールの製造が土壌改善につながるという仕組みだ。
世界最大級のコーヒーブランドであるネスレも、リジェネラティブ農業に積極的な企業のひとつだ。2025年までに主要な原材料の20%を再生農業により調達。さらに2030年までに50%を再生農業により調達することを目標としている。
「ネスカフェ・プラン2030」では、コーヒー農家の再生可能な農業への移行支援を軸にしたアクションプランを発表。被覆作物やバイオマスを活用した土壌の炭素固定や、生物多様性の保全、農家の収穫量の増加まで幅広い視点で取り組んでいく。
その背景にあるのはコーヒー栽培の持続性への危機感だ。温暖化により、コーヒー栽培に適した地域は、2050年までに最大50%減少するという予測もある。地球環境のための慈善活動やイメージアップ戦略ではなく、コーヒーメーカーとして本業への危機感がそこにはあるのだ。
■リジェネラティブ農業が普及するためには
日本でもリジェネラティブ農業での産学連携の動きが始まっている。ユートピアアグリカルチャーでは、北海道大学と共同で土壌の炭素量の推移を予測できるモデルを活用し、土壌に貯まる炭素の量を推測し適切に管理していく研究などを行う。
このような管理方法が確立されれば、他の農業従事者や企業もリジェネラティブ農業を取り入れやすくなるだろう。
リジェネラティブ農業はCO2を削減するという環境的なメリットはもちろん、自社のサステナビリティ目標の達成への寄与、ESG投資の呼び込みなど経営的なメリットにも繋がっていく。
これからは商品を選ぶ消費者の目線も、ますます環境を意識したものになっていくことを考えると、自社の製品や原料の生産にリジェネラティブ農業を取り入れることは、企業にとってもプラスになるだろう。
すでに認証制度などもはじまっており、生活者にみえるかたちで企業のリジェネラティブ農業への取り組みがわかる仕組みが整えば、普及への後押しにもなる。環境を維持するだけでなく、より良いものにしていく。
リジェネラティブ農業が企業と消費者、両サイドからの意識の高まりで、今後広がっていくことを期待したい。