気候危機は人権の危機:「法が追いついてきた」と人権専門家

記事のポイント


  1. 気候危機は人権の危機でもあるが、「法は追いついてきている」と人権専門家
  2. 今年7月の国際司法裁判所の勧告的意見が、気候変動と人権の関連の認識を高めた
  3. 気候危機と人権の危機の現在地について、専門家の視点を紹介する

気候危機は人権の危機でもある。国際司法裁判所は2025年7月、気候変動への対応は国家の義務だとする勧告的意見を出した。11月10日には国連の専門家らが、ブラジルで開催中のCOP30(気候変動枠組条約第30回締約国会議)で、この勧告的意見の完全な順守を求める共同声明を出した。気候危機と人権の危機の現在地について、人権問題の専門家で国際NGOクライメート・ライツ・インターナショナルのリンダ・ラクディール法務ディレクターの視点を紹介する。(オルタナ輪番編集長=北村佳代子)

人権問題の専門家、リンダ・ラクディール氏

リンダ・ラクディール (Linda Lakhdir)
国際NGOクライメート・ライツ・インターナショナルの法務ディレクター。
米ハーバード大学ロースクール卒業。人権弁護士として25年以上の経験を有する。法学教授、刑事検察官。2014年から2022年まで、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア部門で法務顧問を務め、ミャンマー、タイ、マレーシア、シンガポール、インドでの人権侵害に関する報告書を単独または共同で執筆。キャリア初期には学習院大学で米国刑法・憲法・公民憲法の教鞭を執り、在日外国人労働者への無料法律サービスを提供する団体の共同責任者や、在日外国人女性弁護士会の会長も歴任。

■気候危機は人権の危機でもある

2年で、こんなにも変わるものなのか。

気候変動と人権の交わる部分に取り組もうと2023年にクライメート・ライツ・インターナショナルを設立した際、それはやや主流ではないアプローチだとみなされていた。

私たちが話を聞いた人々の多くは、気候変動と人権はほとんど無関係だと考えていた。人権に焦点を当てることで、気候変動にどのような変化をもたらすことができるのか、疑問を投げかける人もいた。

今日では、気候危機は人権の危機であることが明確に認識されている。人々に焦点を当てる人権のレンズは、変化を促すための重要な枠組みとなりえることも明らかだ。そしてそれは、政府と企業の双方に説明責任を問うこともできる。

■法が追いついてきている

気候変動と人権が、相互に関わり合っていることへの認識は、2025年7月に国際司法裁判所が勧告的意見を出したことでさらに高まった。この勧告的意見は、気候変動が人権問題であるということを明らかにしただけではない。人権を保護するために、国家は気候変動に対処するための行動を取らなければならないことも明確にした。

国際司法裁判所は、その大きな影響力を持つ決定の中で、以下のように言明した。

「人権の効果的な享受を保証するために、国家は気候系およびその他の環境の保護のための措置を講じなければならない。このような措置には、とりわけ、人権の保護に十分に配慮した緩和措置及び適応措置を講じることや、基準や法律の制定、民間事業者の活動の規制などが含まれる。国際人権法に基づき、国家はこのような観点から必要な措置を講じなければならない」

■気候変動と、気候変動の要因となる活動が人権を侵害する

私たちはこれまでの2年間の調査の中で、気候変動そのものと、石油・ガスの採掘や森林破壊に代表される気候変動の要因となる活動が、個人の人権や地域コミュニティをさまざまな形で侵害していることを明らかにしてきた。

石油・ガスの採掘は、その燃焼が温室効果ガス(GHG)排出の主な原因であり、人々の生活を破壊し、食料不安をもたらし、教育へのアクセスを阻害している。

森林破壊は、炭素を排出することで気候変動の要因となるだけでなく、食料や水へのアクセス、土地の権利、先住民コミュニティの権利、そして健全な環境への権利を脅かしている。

森林破壊の多くは、アボカド、牛肉、皮革などの商品のための土地開墾によって引き起こされている。排出量の増加は、炭素吸収源としての森林の喪失と相まって、猛暑を引き起こし、世界中の労働者の健康や、生命さえも脅かしている

また、エネルギー転換の進め方そのものが人権侵害につながっているケースもある。

EVバッテリーや再エネの蓄電に使用されるニッケル、コバルト、リチウムなどの重要鉱物は、その採掘の最前線で働く人々が、食料不安や、深刻な水質汚染と大気汚染、そして生命と生活を脅かす壊滅的な環境破壊に直面している。

こうした産業が人に与える影響に焦点を当てることは、EVメーカーや、(強制労働によって森林伐採されたアマゾンの土地で飼育した牛の革を調達したり、暑さで労働者が気絶するような工場で製造した衣服を販売したりする)世界的な靴・ファッションブランドが、サプライチェーン企業に対して、人と環境を保護する方法で事業運営をするように求める圧力となる。

人への影響に焦点を当てることはまた、政府が、企業に対して被害を防ぐ行動をとるよう規制する圧力となる。さらに銀行、保険会社、国際金融機関に対しても、人権侵害や環境破壊に対して資金を提供していないことを保証するよう、圧力をかける。

■気候変動は「人権の大惨事」

国連のアントニオ・グテーレス事務総長が先日(2025年7月)、国連総会で演説したように、気候変動は「人権の大惨事(human rights catastrophe)」だ。最も貧しく脆弱なコミュニティが、最も大きな被害を受けることになる。

気候変動に関する議論は、人々、特に最も脆弱な立場にある人々についての対話だ。最も影響を受ける人たちの声を大きくさせるものでなければならない。

インドネシア東部の辺境地・オビ島の農家のハーマンさんは、私たちにこう語った。

「皆さんのレポートが国連に届き、私たちのような人々がまだ存在することを世界に知ってほしいと思う。私たちの健康を最優先に考えてください。私たちも、まともな生活を送る権利があります。上層階級の人々だけを助けるのではなく、下層階級の私たちも人間です」

*この文章は、ラクディール氏がクライメート・ライツ・インターナショナルに寄稿した記事を、ラクディール氏の了承を得た上でオルタナ編集部にて日本語で編集・掲載したものです。

北村(宮子)佳代子(オルタナ輪番編集長)

北村(宮子)佳代子(オルタナ輪番編集長)

オルタナ輪番編集長。アヴニール・ワークス株式会社代表取締役。伊藤忠商事、IIJ、ソニー、ソニーフィナンシャルで、主としてIR・広報を経験後、独立。上場企業のアニュアルレポートや統合報告書などで数多くのトップインタビューを執筆。英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー。2023年からオルタナ編集部、2024年1月からオルタナ副編集長。

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