企業家精神とサステナブル・イノベーションを考える

このように課題が山積するなかで日本企業が生き残っていくためには、差別化とイノベーションが不可欠であり、従来と同じやり方では勝負できません。社会の変化とニーズを捉え、新しい革新的な技術だけでなく既にあるものを活用していくことが求められます。たとえば商品とサービスの組合せやハードウエアとソフトウエアの組合せに工夫を凝らす、モノづくりから「コトづくり」へシフトするというように、ユニークな価値と競争力が必要です。

三菱ケミカルホールディングスでは、量的成長ではなく質的成長を目指していくべきとの考え方のもと、2007年より地球と共存する経営として「KAITEKI経営」を導入・推進してきました。KAITEKIとは「時を越え、世代を超え、人と社会、そして地球の心地よさが続く状態」を表し、環境・社会課題の解決および社会・地球の持続可能な発展に取り組むことをコンセプトとしています。

資本の効率化を重視しながら経済的価値向上を追求する経営(Management of Economics:四半期単位)、経済的価値と社会的価値向上に資するイノベーション創出を追求する経営(Management of Technology:10年単位)、サステナビリティの向上を通して社会的価値向上を追求する経営(Management of Sustainability:100年単位)の3つの基軸から成る経営手法であり、同社が独自に開発したものです。

2011年には、サステナビリティへの貢献度合いを評価し可視化するために「MOS(Management of Sustainability)指標」が導入されました。「地球温暖化の課題解決への貢献」、「アンメット・メディカル・ニーズへの対応」、「ステイクホルダーとの信頼関係の向上」など22指標を設け、それぞれに数値目標を設定して年次での進捗評価を行っています。

同社は未来を育む「Good Chemistry」として、「サステナビリティ」、「健康」、「快適」を具現化する活動をトップダウン方式で実施しています。従来は研究開発部門が必要とすれば予算を必要なだけ投下し、ボトムアップ式に上がってくる成果を待っていました。今では市場や社会から必要とされる適切な時期に適切な製品とサービスを提供していくため、研究開発戦略と経営戦略は表裏一体とされ、簡単に模倣されない製品やサービスを迅速に開発・事業化しています。

具体的には、研究開発とビジネスの両方において同社内の技術や生産・販売ノウハウを最大限活用するとともに、高度な技術や効率的な生産体制、販売チャネルなどを有する外部組織との積極的なコラボレーションを実践しています。自社の研究開発で生み出せるものには限界があるため、自社が強みをもつ部分はクローズドにして強みを守りながら、弱い部分についてはオープンに他企業から学び、簡単には模倣できないようなビジネスモデルをつくろうとしているのです。

かつて日本の高度経済成長期、化学工業はひどく環境にダメージを与えてしまいました。しかしながらその後、汚染防止の積極的取り組みや環境技術の発展により環境の改善を成し遂げてきました。問題を生じさせた主体からいまや課題を解決する主体に進化したのであり、同社は今後エネルギー・水・食料の不足問題や、高齢化・都市化の問題に解決策を提供する先進的企業をめざすということです。

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齊藤 紀子(企業と社会フォーラム事務局)

原子力分野の国際基準等策定機関、外資系教育機関などを経て、ソーシャル・ビジネスやCSR 活動の支援・普及啓発業務に従事したのち、現職。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、千葉商科大学人間社会学部准教授。

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