「施しではなく『自立の機会』を」――『ビッグイシュー』、ホームレス支援の16年 創業者ジョン・バード インタビュー

このエントリーをはてなブックマークに追加

聞き手; 奥田 美紀

ジョン・バード John Bird
1946年、ロンドン西部ノッティンヒル生まれ。
貧しい家庭で育ち、5歳でホームレスになり、孤児院や少年院で過ごす。数々の職業に就き、印刷や出版の仕事に着手。91年、ロンドンで雑誌『ビッグイ シュー』を創刊。2003年、『ビッグイシュー 日本版』創刊。英国、日本、南アフリカなど5カ国(日本では12都道府県)で販売中だ。

ホームレスが路上で販売する雑誌『ビッグイシュー』が、社会企業として注目さ れている。英国で生まれ、03年日本にも進出した。ホームレスが90円で仕入れた雑誌を、200円で売り、差額の110円が彼らの収入になる。販売員が得 た収入の総額は、実に2億2550万円。これまでに54人が、新しい職を見つけ自立していった。英国ビッグイシュー創業者・編集長のジョン・バード氏に戦 略と成果を聞いた。

――『ビッグイシュー』(BI)の創刊の目的は。

ジョン・バード氏写真

ホームレスが自立した生活を送れるように、自分でお金を稼げる方法を提供すること です。貧しい人の自立を促進するには、それなりのきっかけが必要です。BIは、ホームレスに雑誌を売る仕事を提供していますが、彼らは仕事を通じて、自尊 心を取り戻し、前向きになり、私たちと変わらない労働者になっていきます。路上で雑誌を売るのですから、通行人に受け入れてもらうには、きちんとした対応 が求められます。こうしてホームレスは変わっていきます。
大阪でBIの販売が始まったときに様子を見に行きました。彼らの多くは、アルミ缶を集めて生活していて、一日中働いても、わずかなお金しか稼げない状況で した。BIの販売初日、一人の販売員が私にこう言いました。「今晩は、屋根のあるところに泊まる十分なお金が私にはあります」と。彼は10年間、屋根のあ るところで寝たことがなかったそうです。

――今ほど「社会企業家」という概念が一般的でなかった90年代初め、BIのようなビジネスモデルを思いついた背景には、何か特別な経験などあるのでしょ うか。

アルコールやドラッグ、暴力など問題が多い家庭環境で育ち、5歳でホームレスになりました。少年院に入ったこともあるし、路上で生活した経験もありま す。しかし、自分がホームレスであることに傷ついたり、感傷的になることは一度もありませんでした。貧しいことで泣いたこともありません。泣いたところで 状況は変わらないからです。
91年、私がホームレスだったときに知り合った友人、ゴードン・ロディック(後のボディショップ会長)から「ホームレスが売るストリートペーパーをやら ないか」と持ちかけられました。私は、ビジネスとして、ホームレスの「自立支援」をしたいと言いました。なぜなら、慈善事業のような「与える行為」は、与 えられた者にとっては自立の機会を奪われる行為でもあるからです。
当時、ロンドン市内には501のホームレス支援団体があり、慈善事業として食べものや衣類、読むための本などを与えていました。私は、ホームレスや貧困 に対し、感傷的な考えを持つことはなかったし、現金収入を得る方法を与えるほうがずっとホームレスのためになると思ったので、ビジネスとしてBIを始める ことにしたのです。
支援団体は、BIについて、伝統的なキリスト教の教えに反し、ホームレスを働かせて利益を生み出していると批判しました。事務所に集まる沢山のホームレス を見て、脅威を感じた英国政府は、BIは犯罪行為に加担しているのではないかと疑い、捜査をしようとしたこともあります。これはとてもつらい経験でした。 しかし、後にジョン・メージャー首相(当時)が、この件について国会で謝罪したのです。
BIの取り組みによって、路上が以前より安全な場所に変わりつつあることは明らかでしたし、私たちも謝罪を受け入れました。今では英国政府との関係も良好 で、私たちのビジネスのやり方を評価してくれています。
これまで社会になかったものを生み出していることに気がついたのです。問題の一部だった人が、解決の一部になっていく。こうした変化が路上で起こりつつあ ることに気づいたのです。今までBIをやってきたなかで、最も嬉しい経験の一つになりました。日本の路上でも、同じような変化が生まれていると思いま す。(つづく)

2007年9月13日(木)19:28

alternaショップ
ページの先頭に戻る↑