絶滅寸前だった伊豆諸島、鳥島のアホウドリを40年かけて再生させた男に会った。もうすぐ70歳になる海鳥学者、東邦大学名誉教授、長谷川博さんである。奇跡の物語は綿密な計画と地道な努力が生み出したものだった。
■ジョン万次郎も食べた鳥
長谷川さんがアホウドリのことを知ったのは京都大学の大学院生時代の1973年、英国の鳥類学者、ティッケル博士との出会いがきっかけだった。ティッケル博士は英国海軍の協力を得て鳥島に上陸、アホウドリのひな24羽と成長25羽を確認した。
鳥島にはかつて島が白くなるほどのアホウドリが生息、漂着したジョン万次郎もこの鳥を食べて米国の捕鯨船に救助されるまでの143日間を生き延びている。しかし、1887年(明治20年)羽毛採取と食肉を目的に開拓が始まるとその数は激減、捕獲が禁止される1933年(昭和8年)までに1000万羽が乱獲されたといわれる。
翼を広げると2メートル近くにもなる白くて大きなこの鳥は、「海の女王」と呼ばれるほど優雅な姿をしっているが、駆け足をして勢いをつけないと飛べない弱点があり、やすやすと人間につかまってしまうのだ。
1965年に日本で開いた国際鳥類保護会議では、絶滅が危惧される13種の「国際保護鳥」を守るよう勧告したが、ここに日本のトキとアホウドリも含まれていた。細々と保護プロジェクトを行ってきた気象観測所も閉鎖され、絶滅の危機にあっただけにティッケル博士の話は若き日の長谷川さんの心に火をつけた。
■保護へ「デコイと音声」作戦
1973年、海上から観察したあと、翌年鳥島に上陸、69羽を確認した。環境庁、東京都の協力を得て、長谷川さんはアホウドリの保護作戦を展開する。巣を作るのに必要なハチジョウススキとイソギクの株を移植することからはじめたが、土石流や泥流による営巣地の破壊、火山噴火など苦労の連続だった。「失敗するようならプロジェクトにお金は出せないよ」とお役人に叱咤激励されながら従来コロニー(集団繁殖地)の保全だけでなく新しいコロニーも人為的に形成した。
効果があったのは、プラスチック製のデコイ(模型)と音声再生による誘引だ。模型や録音された仲間の声に誘われて鳥たちが集まってくれた。この「おとり作戦」にはモデルがある。米国メイン州沖に浮かぶマチャイアス島で再生したツノメドリ(パフィン)だ。
■地道な活動
幾多の困難を乗り越え、鳥島のアホウドリは繁殖し、ことし、従来コロニーの燕崎斜面から390羽、新コロニーの燕崎崖上31羽、北西斜面267羽と合計で688羽のひなが巣立ち、ここ10年で順調に増えた成鳥と合わせて5165羽(推計)に達した。今後9年間で5000羽増え、その次の9年でさらに1万羽増える見通しとなった。絶滅危機は完全に脱し、復活、再生への力強い道を歩み始めたといえる。
単に自然破壊反対と唱えたり、行政に抗議したりするだけではどうにもならないが、たった一人でも、科学的根拠、データに基づいたしっかりした構想、具体的な計画さえあれば奇跡を起こせることを長谷川さんは証明してくれた。もちろん、鳥を含む自然保護への熱い思いが不可欠だろう。
米国ではハクトウワシ(白頭鷲)やカリフォルニア・コンドルなども絶滅危惧種保存の再生に成功しているが、苦闘ぶりはすさまじい。アメリカシロヅルの保護では、ウィスコンシン州の保護区から渡り習性のない8羽の幼鳥に越冬でフロリダまで渡るコースを教えるため、超小型飛行機でいっしょに旅をしたという信じられない話もあるほどである。
■気になるマイクロプラスチック問題
長谷川さんによると、アホウドリは人を見ると驚くのか、威嚇なのか胃の内容物を吐出することがある。吐出物の中のプラスチックの割合を調べると、80-90年代はほぼ70%台と高く、2001年には88%に達したが、その後、減少、最近はほぼ50%台で推移している。
最近、プラスチックを飲み込んでいる例が減っているのは、ごみの流出を抑える努力が成果をあげているとみることもできる。海流の関係で太平洋のゴミが集まる北太平洋中部のハワイ群島、ミッドウエー環礁ではプラスチックを餌と誤飲した鳥が死亡する例が報告されているが、鳥島では死亡例はない。ただ、いまプラスチックで問題になってるのはマイクロプラスチックで、これは目に見えにくい。復活したアホウドリが誤飲するような事態は避けなければならない。