サラヤ、すべての開発は社会課題解決のためPR

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サラヤの歴史は1952年(昭和27年)、更家章太氏 (故人)が前身である三恵薬糧を創業して始まった。章太氏は緑色の薬用手洗い石けん液と専用容器を日本で初めて開発、販売する。同年にサンフランシスコ条約が締結され、日本がようやく占領状態から解放された年、国内の衛生状態は劣悪で、赤痢をはじめ伝染病が猛威をふるっていた。(オルタナ編集部)

その状況に対し、章太氏はヤシ油を原料とした石けんに、殺菌成分を配合し、手を洗うと同時に殺菌・消毒のできる日本初の薬用石けん液「パールパーム石けん液」を開発。あわせて、石けん液を衛生的に供給する「押出・押上式」の専用容器を開発し、発売した。その後、姉妹品として「シャボネット石けん液」を開発。これが学校や公共施設のトイレでよく見る緑の石けん液として全国に普及し、赤痢予防に効果を発揮した。

手洗いと同時に殺菌・消毒ができる公定書 外医薬品「パールパーム石けん液」を開発

手洗いと同時に殺菌・消毒ができる公定書 外医薬品「パールパーム石けん液」を開発[/caption]1961年、大気汚染が社会問題化する中、サラヤは各地の小学校などで公害対策、光化学スモッグ対策としてうがいを奨励。「コロロ自動うがい器」は現在も企業や官公庁で使用されている。

1971年には看板商品の「ヤシノミ洗剤」を発売。植物 系洗剤の先駆けであり、発売後40年あまりを経て愛されている。戦後復興期の伝染病、経済成長期の環境汚染問題。日本の経済社会の発展とともにさまざまな問題が発生しており、社会課題の解決に力を注いできたサラヤの社史と重なっている。

◆サラヤの取り組み

◆更家悠介サラヤ社長「社会と向き合い事業を伸ばす」

更家悠介サラヤ社長「社会と向き合い事業を伸ばす」

◆「子どもの命を守りたい」、サラヤがウガンダで手洗い支援

「子どもの命を守りたい」、サラヤがウガンダで手洗い支援

2019年2月15日(金)15:46

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