復興支援、「大学一番乗り」の舞台裏(希代 準郎)

作家
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◆「ショート・ショート」(掌小説)こころざしの譜(30)

「ボランティアセンター(ボラセン)のセンター長を引き受けてほしい。新聞社に勤務していたあなたのような人が必要なんです」。そんな電話が赴任予定の大学の学長から真砂圭太郎のところにかかってきたのは新学期直前の3月上旬のことだった。引き受けてはみたものの真砂自身、ボランティアは好きではない。いいことをしていると思っているヤツなんて偽善家にしか見えない。黙ってポンと百万円寄付する人の方がよほど信用できる。
大地震と津波が東日本を襲ったのは、その3日後のことだ。真砂はボラセンに駆けつけ、鼻眼鏡の課長の肩をゆすった。
「緊急事態だ。2週間以内に学生と被災地に向かおう」
怯えて小柄な体を震わせている課長を尻目に学長室に飛び込む。学生を被災地支援に早急に派遣したい、そう切り出すと、「それはすばらしい。ボラセンもやっとやる気になってくれましたか」と涙を流さんばかりの喜びようである。
余震が来た。東京でもこれだけ揺れる。東北の人たちはこれに耐えているのだ。キャンパスで募金箱を抱えた学生に出会った。「卒業式に出席した親が万札をばんばん入れてくれるんですよ」と顔を紅潮させている。
記者時代の知り合いのNGOに電話を入れてみた。現地は建物が倒壊、津波で避難した人であふれており、支援に向かったNGOも自分たちの寝場所や食べ物の確保に四苦八苦している。学生ボランティアに来てもらってもまだ面倒を見る余裕はないという。
準備だけは進めようと、緊急にボラセンのミーティングを招集した。課長、係長を含め職員は6人。のっけから、全員が学生の派遣には大反対である。「余震で学生がケガでもしたら、どうするんですか」「そうですよ。原発事故で放射線物質も飛散しています。親の抗議電話が殺到したら対応しきれません」。
ちょっと待った、と真砂は両手で制した。
「ボラセンって何のためにあるんだ?困っている人を助けるためじゃないの。今、動かなかったら存在意義はないよ。やらない理由を探すんじゃなく、どうしたら支援できるか考えようよ。そうだ、ボラセン所属の学生スタッフに集まってもらおう」
学生スタッフはほとんどが女子学生である。皆で支援に行こう、と真砂が呼びかけても「いいことをするのは好きだけど、被災地なんて怖くて」「子どもと遊んだり、ケーキをいっしょに食べたりするのは楽しいけど」と話にならない。
翌日、学長から電話がかかってきた。
「さっき課長が来たよ。他大学の様子を見ながら、支援するとしても夏休みにとの報告だった」がっかりした様子が声からもうかがえる。真砂がボラセンで「夏休みでは遅い。緊急支援は早く行かないと意味がない。わかっているのか。それが長期の支援にもつながるんだよ」と課長を諭していると、誰か部屋に入ってきた。さっき募金をしていた学生だった。
「被災地へ学生を派遣するって本当ですか。法学部の江川ですが、僕、応募します。仲間も大勢います。募金もたくさんしてくれたので、その人たちの心を現地に届けたいんです」
よし、心の中で拳を握った時、携帯電話が鳴った。大学時代の友人、由希からだった。国連のユニセフの職員だが、今はニューヨーク本部にいるはずだ。
「もしもし、由希、日本に来ているの?」
「そうなのよ、だから一杯やろ」
「いいけど、何?休暇?」
「例の地震と津波。ユニセフが支援することになったの。私は応援部隊」

真砂にはひらめくものがあった。

「支援には人手がいるんじゃないか。僕、新聞社を辞めて今度大学教授なんだけど、学生要らないかな」
「避難所の子どもの世話や小学校への学習教材の配布にボランティアが必要。これから探す所なの」
「それなら、うちの学生が行けるよ」

江川がとりあえず連れてきたのは国際協力の学内NPOに属する3人だった。ベトナムやミャンマーで学校を建て、子どもの世話をしている。タフそうな黒川、やる気満々の小谷、もうひとりは髪のきれいな女子学生で永田といった。
被災地は鉄道が全面ストップ。東京からの飛行機も長距離バスも満席だ。諦めかけた時、由希から電話があった。

「被災地はガソリンが足りないので、ディーゼル車を東京から持っていくの。圭ちゃん、マニュアル車だけど運転できるよね」
「任せてくれ。学生も乗せていくよ」
「アフリカ支援用に寄付してもらったバカでかいランクルだよ。アフリカ用の保険にしか入っていないので、日本の道路は走れないことになっているの。事故は起こさないでね」
「ちょっと待って。事故ったらどうなる」
「その時は、ユニセフで払うよ。現地ではわれわれの事務所に泊っていいよ」

出発は4月4日、想定より少し遅れた。ランクルで大学を出ようとすると、眼鏡がずり落ちそうになりながら小柄な課長が校門まで必死に追っかけて来た。「真砂センター長。被災地に行くには、執行部会並びに学部長会議の承認が必要です。いますぐ手配したとして、会議の開催までに2、3週間はかかります」。
真砂はアッカンベーをして車のアクセルを踏みこんだ。バックミラーに、跳びはねるようにして大きく手を振っている学長の姿が映っている。
「女の子が被災地に行くのに両親は反対しなかったの?」。真砂は永田に聞いてみた。「父はこう言いました。支援したくてもできない人もいる。お前は、現地に行くことができる、すごく恵まれた立場なんだよ。ボランティアでみんなの分もしっかりがんばってこいと」。
真砂は、感動のあまり声がでなかった。
夕方、仙台に着き取材を受けた。翌日の新聞に「全国の大学で一番乗り」の大見出し。課長から電話があった。「教員も職員もみんな大喜びです。わが大学初の快挙ですよ」。
真砂は学生にゲキを飛ばした。「一番乗りを狙ったわけじゃない。できるだけ早く、そして長くが支援の大原則だ。いいな」。
(完)

※登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

作家
日常に潜む闇と、そこに開ける不安と共感の異境の世界を独自の文体で表現しているショートショートの新たな 担い手。この短編小説の連載では特にNPOという新たな動きに注目、そこに関わる群像を通して、生きる意味、生と死を考える。

2019年6月3日(月)9:00

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