刺激的な見出しで恐縮だが、これは恫喝でも揶揄でもない。
「企業は、その創業の地を大事にすべきである」というのが本意である。ユニクロには申し訳ないが、一例で出したに過ぎない。見出しは「恋人よ、我に帰れ」(Lover, come back to me) というジャズの名曲になぞった。
米国でも欧州でも、歴史ある企業が創業の地を離れたという事例は本当に少ない。あったとしても、戦災で難を逃れたなど、特殊な事例が多い。
スターバックスコーヒーは創業以来シアトルだし、ナイキがポートランドから離れることは有り得ない。BMWは、バイエルンの名前を冠している限りはミュンヘンに本社を置き続けるだろう。いずれも首都ではない土地に長く本社を置いている。
1867年に創業したネスレは、今でもスイス・レマン湖畔のヴェヴェイに本社を置くが、ジュネーブから電車で1時間も掛かる。
ヴェヴェイ駅は日本で言えば小田急線の経堂駅くらいの大きさで、高架の駅の前にロータリーがあるのも似ている。
インタビューに応じてくれたピーター・ブラベックCEO(当時)は「ジュネーブに移ることすら考えていない」と断言した。どんなに企業がグローバルになっても、創業の地に居続けることこそ、ブランドの価値を維持するために重要だからだ。
ネスレ本社には、リブレインという教育施設がある。この場所に、世界中から幹部候補生が集まってくる。
そして、創業者アンリ・ネスレと同じ土を踏み、同じ空気を吸い、当時と同じように美しく輝くレマン湖を眺めることで、創業者に思いを馳せる。
CSRの観点からも、創業の地を大切にすることは重要だ。
地域社会も従業員も、その企業にとって極めて大事なステークホルダーだからだ。企業経営者の都合で、創業の地を離れれば、雇用は失われ、自治体の税収も減る。
人件費が高くなったから、電気代が高くなるからという企業側の都合で本社や事業所をこまめに動かしている限りは、地域からの信頼は永遠に根付かない。
日本のような一極集中社会は政治や行政が悪いという見方もあるが、民間企業もその片棒を担いでいる。創業の土地をもっと大事にする企業が、もっと尊敬されて良い。地方出身の企業が続々と故郷に錦を飾る。これこそ、地方再生の王道の一つではないか。
(オルタナ編集長 森 摂)