編集長コラム) 二人の「田中淳夫さん」の邂逅

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ご存知の方もおられるかと思いますが、日本の農業・林業関係者には同姓同名の「田中淳夫さん」がいらっしゃいます。

一人は、弊誌オルタナでも連載「森を守れが森を殺す」を執筆されているジャーナリストの田中淳夫さん(奈良県生駒市在住)。日本唯一の森林ジャーナリストとして、「日本一」の森林ジャーナリストとして、活躍しておられます。

「割り箸は森林破壊」という安易な論調に警鐘を鳴らし、日本の伝統的な割り箸文化の尊重と、国産割り箸の使用を訴えています。

もう一人は、銀座ミツバチプロジェクト代表の田中淳夫さん。2006年以来、中央区銀座3丁目の紙パルプ会館の屋上でミツバチの養蜂を始め、最近では年間800キログラムもの蜂蜜を生産しています。

その後、このミツバチプロジェクトは都内の自由が丘、池袋、盛岡市、仙台市、横浜市などに広がり、銀座の田中さんはその仕掛け人として知られた存在です。

実は最近、このお二人が初顔合わせをしました。
http://www.gin-pachi.jp/1/topics/553
このサイト記事の写真では、向って左が銀座の田中淳夫さん、右が奈良の田中淳夫さんです。

森林ジャーナリストとミツバチプロジェクトの仕掛け人ということで、お互い間違えられることも多く、お二人とも「一度お会いしたい」と思っておられたとのことです。

当日は、銀座の田中さんが著書「銀座ミツバチ物語--美味しい景観づくりのススメ」を奈良の田中さんに贈り、「アマゾンで著者検索すると二人の著書がごっちゃになって出てくる」と笑っておられました。

実は、お二人をを引き合わせたのが、中越パルプ工業の西村修営業企画部長と、僕だったのです。

「オルタナ」という雑誌を作っていて、特に第一次産業の世界では、こうしたちょっとした「縁」がきっかけになって、人間関係やネットワーク、さらにはビジネスが広がっていく様子を目の当たりにしてきました。二人の田中淳夫さんを引き合わせることで、何か新しい「化学反応」が起きれば、と期待しています。

ところで、銀座の田中淳夫さんに養蜂を指南した藤原養蜂場(岩手県)の藤原誠太代表は、ミツバチの大量失踪(CCD)の原因はネオニコチノイドにあるのではと疑い、反ネオニコ運動に身を投じておられます。本誌オルタナでも反ネオニコの動きを今後も報じていく予定です。

2012年10月13日(土)1:34

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