■世界のエコホテル巡礼:The Newt in Somerset(ザ・ニュート イン サマセット)■
私たちはテレビやネットで、毎日のように地球上で起きている戦禍の悲惨な現状を見せられ悲嘆にくれている。しかし、それとは真逆に、世界中の多くの人々に贅ある時を刻めるよう、未来を見つめ、平和と喜びと心穏やかな場所を提供しようと突き進むホテル起業家がいる。
ここでは世界のだれもが憧れ、希望が舞い、幸せな時が重なり合うスモール・ラグジュアリー・ホテルをご紹介しよう。稀に見る贅沢な非日常の滞在が素晴らしい自然環境の中で繰り広げられている。
そのホテル名は「ザ・ニュート イン サマセット」。「サマセットのイモリ」という名のホテルである。ロンドンから車で約3時間、英国西部に位置する小さな町サマセットの郊外に位置している。2019年8月にオープンした。
400ヘクタール(東京ドーム87個分に相当)の広大な敷地を有し、様式の異なる幾つもの庭園、広大な果樹園、菜園を含む農園、牧場、ブティック、レストラン、シードル醸造と貯蔵するサイダー・プレス&セラーも備える。
■ジョージアン様式の邸宅と農舎
滞在できるホテルとしてジョージアン様式の邸宅(ハドスペン・ハウス)と農舎(ファーム・ヤード)、そして「旧馬小屋(ステーブル・ヤード)」を展開し、丁寧に造られたスタイリッシュな全40室のゲストルームが点在する広大なエステートである。
1687年から1690年に建設された本館「ハドスペン・ハウス」は、世代を超え後継者たちが改修を重ねながら、建築当時の重厚感と歴史香、面影を残す。スタイリッシュなデザインやモダニズム、最新鋭の機器を搭載するなど改装は徐々に進化を続け今に至っている。
現在のオーナーは南アフリカ出身のカレン・ルース。カレンは雑誌「Elle Decoration South Africa」の編集者でもあった文化人、アンティークのコレクターとしても広く知られている。
2010年には、南アフリカのケープタウン郊外に広がるワインランドの町で18世紀の荘園を手に入れ、「Babylonstoren(バビロンストレン)」というワイナリーホテルに改装、現在も経営を続ける実業家だ。
ここサマセットでは、敷地内に景観デザイナーのパトリス・タラベラが、数千年にも渡る園芸史を学んでデザインされた庭園が点在、宿泊可能なハドスペン・ハウスとファームヤードは、現オーナーのカレン・ルースが改装を施し、ラグジュアリーなホテルとスパに生まれ変わった。
瀟洒な本館「ハドスペン・ハウス」は、英国の「グレードⅡ指定建造物」にも登録、ジョージアン王朝の邸宅を利用した館としてエステート全体の中心的存在となっている。
広大な敷地の「ザ・ニュート イン サマセット」には丘や牧場や森だけでなく、滝も、川もあり、大自然の景観は英国独特のカントリーサイドらしいなだらかな光景が続いている。
敷地内では古代ローマ人が暮らした跡が発見されるほど、温暖な気候も観光にはプラスに働いており、サイダー用のりんご果樹園(65エーカー)では、70 種類ものリンゴが 3000本も栽培されている。
また、最近ではカレンが最寄りのキャッスルケリー駅の駅舎を購入。そこに乳製品(チーズやヨーグルト)製造のファクトリー「The Creamery」 を造り、レストラン、店舗も併設される計画が進行中だ。
駅構内の「The Creamery」は20世紀初期に造られた牛乳工場だった建物で、2024年春の完成を予定だ。キャッスルケリー駅は、ロンドンから鉄道で訪れるゲストの「ウェルカム・サロン」となりそうである。
■園芸の専門家チームによる美しいガーデン
このエステート最大の魅力は、価値の高い英国の「ガーデン」にあろう。著名な建築家兼景観デザイナーであるパトリス・タラベラが設計を手がけた幾つもの庭園は、現在、園芸の専門家チームによって管理されている。ガーデン史に触れるストーリーを聞きながらの庭園散策が楽しめるのも興味深い。
この広大な庭園に携わる植栽の専門家は合計で45人ほどが働いている。専門知識を持つ彼らガーデナーが、観賞用庭園、ウッドランド、食用庭園(菜園も含む)、育苗担当の4チームにわかれて庭造りに従事。彼らの中には庭師のひとりとして日本人女性、石田麻衣子さんが働いている。彼女は英国の庭園学を学び、知識も豊富な専門家として雇われている。
どこまでも手を抜かない施設造りや、常に未来へ向かって進化を続ける躍動感のあるエステートが、ロンドンっ子のみならず、世界のトラベラーに憧れを強く抱かせているのだろう。
■再生農業の実践や野生生物の保護も
これほど広大な敷地では「環境対策」と一言では言えないほど、こまごまとしたプロジェクトが進行中だ。ここに幾つかの代表的な例を挙げてみる。
・従業員のケア:栄養、学習機会、トレーニング、サポートを提供し健康的なライフスタイルを奨励。社員食堂では、全従業員に栄養価の高い温かい食事を提供
・労働力の多様性を奨励:学校やカレッジと協力し、あらゆる背景を持つ若者に機会を創出
・ゴミの削減:主に農園で栽培または飼育された農産物を使用し、フードマイレージを最小限に抑え、プラスチックの使い捨てを減らし、廃棄物を削減
・ガーデニング、エンジニアリング、ホスピタリティの分野で見習い職を提供
・ソーシャル事項:地域住民、サプライヤー、企業と強い関係を築く。地元の村の取り組みやイベントに貢献し地域社会の繁栄を支援
・ゲスト向けに:「ザ・ニュート イン サマセット」を訪れるすべての人に、ウォーキングやサイクリングを通じて、自然とつながることを奨励。そのための歩道やアクセスを整備
・再利用とリサイクルの奨励 : 雨水の利用、レストランでの詰め替え可能な水ボトルの使用、eコマースの配送用段ボールの再利用、リサイクルのためのゴミの分別、敷地内で再利用するための緑ゴミの堆肥化、薪の伐採と味付け、建築用骨材の再利用
・再生農業:土壌の健全性と生物多様性を向上させる。庭や森林から出る廃棄物を利用して、年間約250立法メートルの堆肥を作る
・森林・樹木:大規模な植樹、森林、生垣の管理。多様で自生的な生息地の保全と促進 伐採した木材を暖房に利用
・野生動物:生物のモニタリングと管理を行い、希少種や絶滅危惧種が繁栄できるよう再導入
・栽培作物への人工肥料や化学薬品の使用をゼロ
・農園で栽培したサイレージ、干し草、大麦、豆類を牛に与えている。外部飼料は糖蜜やミネラルなどのサプリメントのみ
・大規模な工業用建物に太陽電池を設置。敷地全体で電気自動車を使用し、すべての駐車場に充電ポイントを設置し、スタッフや訪問者にこの技術の使用を奨励
・再生可能エネルギー:バイオマス、空気熱源ヒートポンプ、地中熱源ヒートポンプ、太陽電池などの使用推進。水はボアホールから取水され、新しい雨水貯水池に集積。複雑で高度な灌漑システムにより庭園全体の水使用量を最小限にし低流量器具で水を節約。建物は、エネルギー消費と熱損失を削減するため、断熱材や先進的な素材を取り入れた高い仕様で建設。暖房にはバイオマスボイラーを使用
■見逃したくない多彩な体験
「ザ・ニュート イン サマセット」を訪れる人々に対し、運営側では数々の体験、ホテルアクティビティを提供している。通常、有料で入場できるガーデンへは宿泊者は無料であり、ガーデナーが共に歩くガーデンツアーが好評だ。他にも森林ツアーや鹿園ツアー、又はハウスセラーに於いてワイン・テイスティングやハニー・テイスティングも開催される。
特に興味深く面白さが際立つのは「ローマン・ヴィラ・エクスペリエンス」だ。この辺り英国西部には、かつてローマ帝国支配の時代があり、その名残として遺跡も点在する。その一つがなんと1843年に、このエステートの敷地内で発見された「ヴィラ・ヴェントラム」(風の家)である。
現オーナーに変わり、ヴィラは底した考古学調査が大規模に行われ、最先端技術を駆使して見事に再現されている。改めて2019年夏に開業し体験型施設となった「ヴィラ・ヴェントラム」では、オーディオガイドでの各国語の説明(日本語も)があり、当時のローマ人たちのライフスタイル、日常の様子がリアルに見られて非常に興味深い。
近くには出土したローマンバス(大浴場)の遺跡も残され、他の出土品も含め見学可能なガラス張りのミュージアムが新たに造られている。
広大な敷地のため、わずか全体で40室とはいえ、ホスピタリティチームには300人以上が働いているという。そのうちホテル部門は約150人。とはいえ、こうしたきめ細やかなサービスやオリジナリティ溢れる体験ができ、買い物や食事もヘルシーで贅沢な提供があり、スタイリッシュでカジュアル、気取らないラグジュアリーさが受け、世界中からセレブリティや有名なアーティストも訪れる。
南アフリカに所有するワイナリーホテルではワインとブドウとパール山、ここ英国ではサイダーとリンゴとガーデンがトラベラーを惹きつけている。