記事のポイント
- 「ジェンダードイノベーション(GI)」が日本でも注目されている
- 渡辺美代子・日大常務理事は「人口減少が進む日本にこそGIが必要だ」と語る
- 国家や社会のあり方を考える際もGI的な視点は役に立つという
急速に進む少子高齢化に伴う人口減少。様々な属性や立場の人が活躍できる環境を整えなければ、持続可能な社会は実現できない。科学技術の分野でダイバーシティを推進してきた渡辺美代子・日本大学常務理事は、「人口減少が急激に進む日本だからこそ、ジェンダードイノベーション(GI)が必要だ」と語る。(オルタナ副編集長=吉田 広子)

渡辺美代子(わたなべ・みよこ)
日本大学常務理事、特定非営利活動法人ウッドデッキ代表理事。理学博士。東京理科大学理学部物理学科卒業後、東芝総合研究所研究員として半導体の研究開発を担当。英国バーミンガム大学研究員、日本学術会議第24期副会長、科学技術振興機構副理事・ダイバーシティ推進室長などを経て、2022年10月から現職。
かつての日本は、性別による役割分担が厳格でした。
女性が社会に進出すると「女は家庭を守ることが仕事だ」と言われ、男性は収入が低いと「甲斐性がない」と言われてきました。ジェンダーに基づく差別が蔓延していたのです。
日本は急激に人口が減少し、従来の成長モデルが通用しなくなっています。人口が増える前提の社会では、競争とリーダーシップが成長をけん引しました。一方で人口が縮む時代は、すべての人が活躍できないと社会は維持できません。
ジェンダードイノベーション(GI)の提唱者であるロンダ・シービンガー教授は、性やジェンダー、人種、障がいといった属性が交差したときに起こる、差別や不利益を理解する枠組み「インターセクショナリティ(交差性)」を重視しています。
男性、女性に属さない性の多様性があることは科学的にも明らかです。積極的に性差分析を製品開発などに組み込んでいくGIは、すべての人に役立つ概念です。
■都市と地方に教育格差も
国家や社会のあり方を考える際もGI的な視点は役に立ちます。
日本に当てはめると、都市と地方といった枠組み、つまり「地域」が重要な要素です。国の政策は東京を中心に決定されるため、地方の課題は見過ごされがちです。
能登半島地震では、「地方」そして「高齢化」した地域における、医療へのアクセスや支援の輪をどのように広げていくかといった課題が浮き彫りになりました。
また、「22年度学校基本統計」(文科省)によると、東京では男女ともに7割以上が4年生大学に進学しますが、秋田県では男子の進学率は42%、女子の進学率が37%にとどまっています。こうした都市と地方の教育格差の存在も無視できません。
人口減少により国内市場は縮小し、海外市場に目を向ける日本企業が増えています。ただ、(ガラパゴス的に)日本人だけを対象にした製品・サービス開発では、海外で通用しない可能性があります。
例えば、コロナ禍で普及した「パルスオキシメーター」がその一例です。
体内の血液の酸素飽和度を測定する器具ですが、人種によって精度が変わることが分かっています。黒人やアジア系など皮膚の色素が濃い人種は、実際よりも数値が高く出る傾向があり、治療の遅れが問題視されました。
海外市場向けでなくても、日本国内では外国人観光客や外国人労働者が増えていますから、日本企業にとって多様な視点を取り入れることは必須です。
科学技術の研究は、すべての進展の起点となります。交差性の分析は、だれにとっても有益なイノベーションを生み出す可能性を秘めています。
人口減少は、日本だけでなく、世界の先進国が抱える共通の課題です。「課題先進国」である日本には、他国に先駆けて「新しいモデル」をつくり出すチャンスがあるのです。(談)