記事のポイント
- ファミリーマートは、「心のバリアフリー」実現を目指す
- 聴覚障がいのある顧客のために、「指差しコミュニケーションボード」を導入
- コミュニケーションツールを用いて、共生社会の創造に取り組む
大手コンビニチェーンのファミリーマート(東京・港)は、「心のバリアフリー」実現に向けて取り組みを進める。同社は23年、聴覚障がいのある顧客とのやり取りのために、「指差しコミュニケーションボード」を導入した。こうしたコミュニケーションツールを用いて、共生社会の創造を目指す。(NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長・伊藤芳浩)
全国に約1万6200店舗を展開する大手コンビニチェーン、ファミリーマート。1日あたり約1500万人が来店する同社の店舗では、多様な顧客のニーズに応える様々な取り組みが行われている。
中でも注目したいのが、2023年から全店に導入した聴覚障がいのある顧客とのコミュニケーションを支援する「指差しコミュニケーションボード」だ。
2024年4月に施行された改正障害者差別解消法は、事業者に対して障がいを理由とする不当な差別的取扱いの禁止と、合理的な配慮の提供を求めている。この法改正を機に、ファミリーマートは「心のバリアフリー」、つまり障がいの有無に関わらず、すべての利用者が心地よく利用できる環境づくりに向けた取り組みを加速させている。
■社員の声から生まれた「指差しコミュニケーションボード」
「ファミチキを買いたかったけれど、言い出しにくかった」——。 この一言が、全てのきっかけだった。
ファミリーマートには約150~160人の障がいのある社員が在籍している。知的、精神、身体と、障がいの種別は様々だ。その中の一人、聴覚に障がいのある社員から寄せられた買い物体験が、コミュニケーション支援ツール開発の出発点となった。
「商品やサービスが豊富なコンビニだからこそ、コミュニケーションの難しさが障壁になっていたんです」と、マーケティング本部 サステナビリティ推進部の大澤寛之副部長は語る。接客カウンターでの注文や、支払い方法の説明など、日常的なやり取りの中に存在する小さな、しかし確かな壁。その壁を取り除くため、同社は具体的なアクションを起こした。

■アナログとデジタル、進化するコミュニケーション支援
コンビニ業界では各社が独自のコミュニケーションボードを導入しているが、ファミリーマートの特徴は「シンプルさ」と「直感性」にある。ピクトグラム(絵文字)を多用し、文字情報を最小限に抑えることで、誰もが迷わず使えるデザインを実現。また、全店舗での導入を業界に先駆けて実施したことも特徴の一つだ。
具体的には、ボードには「ポイントカードの有無」「はしやスプーンの利用」「レジ袋の要否」といった基本的な項目に加え、「商品の温め指示」「公共料金の支払い」など、コンビニならではの多様なニーズに対応する項目を網羅。商品の指さしと、シンプルな「はい/いいえ」の選択で、スムーズなコミュニケーションを実現している。
一方、デジタル面では、専用アプリ「ファミペイ」に「耳マーク」機能を実装。このアプリの特徴は、店頭での使いやすさを徹底的に追求した点にある。アプリを起動し耳マークを表示するだけで、店員に「筆談や指差しでのコミュニケーションを希望」という意思を伝えることができる。利用者からは「周囲に気兼ねなく自分の希望を伝えられる」という声が寄せられている。
さらに、「指差しコミュニケーションボード」は4カ国語(英語、中国語、韓国語)対応版も用意され、増加する外国人観光客への対応も視野に入れている。特に今秋に東京で開催されるデフリンピック期間中は、会場周辺店舗での対応も視野に入れながら、国際的なスポーツイベントを通じた共生社会の実現への貢献を目指している。
■体験して気づいたバリアフリーへの課題とは
社員自らが企画・実施した「車いす体験会」も、心のバリアフリー実現に向けた重要な取り組みだ。
この体験会では、店舗スタッフが実際に車いすに乗り、買い物客として店内を回遊。「商品棚の高さが想像以上に届きにくい」「レジカウンターの高さで会話がしづらい」「床面の僅かな段差でも移動の大きな妨げになる」など、当事者でなければ気づきにくい具体的な課題が明らかになった。
ファミリーマートはこの経験を店舗レイアウトの改善にも活かし、より使いやすいATMの設置にもつなげた。新型ATMでは、車いすユーザーの使いやすさを考慮し、操作パネルの位置を低く設定。また、主に視覚障がい者向けに音声で利用案内をするガイドホンや、テンキーの位置も使いやすい高さに調整された。
「ハード面の改善は重要ですが、それ以上に大切なのは、スタッフの『気づき』と『配慮』です」と大澤氏は強調する。
■社員教育でユニバーサルマナーを浸透
ユニバーサルマナー検定(※)の受講も、重要な施策の一つだ。この検定では、様々な障がいの特性理解や適切な配慮の方法、高齢者や障がい者とのコミュニケーション技術などを体系的に学ぶ。例えば、車いすユーザーへの適切な援助方法、視覚障がい者への声かけの仕方、聴覚障がい者とのコミュニケーション方法など、実践的なスキルを習得できる。
社長、取締役、執行役員などの経営層をはじめ、新入社員・スタッフ教育担当、コールセンター担当など、幅広い層がユニバーサルマナー検定を受講。「高齢者や障がい者への向き合い方や対応法を学び、お客様との関わり方や、店舗のハード面に活かしています」と大澤氏は説明する。
(※) ユニバーサルマナー検定は、多様な方々へ向き合うための「マインド」と「アクション」を体系的に学び、身につけるための検定です。同検定3級では、障がい者や高齢者への基本的な向き合い方や声かけ方法を学びます(株式会社ミライロが主催、運営し、一般社団法人日本ユニバーサルマナー協会が認定)
■「手話での挨拶」で広がるコミュニケーション
都内の店舗では、「手話で挨拶ができます」という名札を付けたスタッフの配置も始まっている。現在はファミリーマート新宿スポーツセンター店での取り組みを通じて、手話による接客を積極的に行っている。
「手話がペラペラにできるわけではありません。でも、挨拶だけでも全然違うんです」と、大澤氏は手応えを語る。この取り組みは、聴覚障がい者団体との意見交換会でも高く評価され、今後のさらなる展開が期待されている。
ホームページのアクセシビリティ強化も進められている。音声読み上げ機能の実装や、色覚障がいのある方でも読みやすいカラーユニバーサルデザインの採用など、デジタル面での改善も着実に進んでいる。
■共生社会を目指す、ファミリーマートの挑戦
大澤氏は、「サステナビリティ推進部をマーケティング本部に位置づけているのは、良い取り組みを『知ってもらう』ことも大切だと考えているからです」と話す。この独自の組織体制は、社会課題の解決とビジネスの成長を両立させる新しいアプローチとして注目されている。
実際、配慮の行き届いた店舗には、ロイヤルカスタマーが増えているという。大澤氏は、「心のバリアフリーとは、物理的な障壁を取り除くだけでなく、一人ひとりの心の中にある障壁も取り除いていくこと。その実現には、私たち従業員一人ひとりの意識改革と、お客様との日々の関わりの中での実践が不可欠です」と語った。
障がいの有無に関わらず、すべての方に快適に買い物をしていただける環境づくりは、単なる社会貢献ではなく、ビジネスの本質的な価値創造にもつながっているのだ。
