SBTi「239社のネットゼロ目標削除」に日本企業が困惑

記事のポイント


  1. 企業の脱炭素を進める国際NGOのSBTiが「ネットゼロ目標」を策定した
  2. 2050年のネットゼロを掲げる企業はその基準に沿って脱炭素目標を立てた
  3. しかし、今年に入りユニリーバや花王、リコーなど239社が一斉に「削除」された

企業の脱炭素を後押しする国際NGOのSBTi(Science Based Targets initiative)が最近、脱炭素目標を掲げていた企業のリストから突然、ユニリーバやマイクロソフトなど239社を削除したことが明らかになった。国内企業では花王やリコー、サントリーなど15社が「脱炭素目標リスト」から消えた。SBTiはパリ協定で定めた「1.5℃目標」に続いて、2050年に完全な脱炭素を目指すための「ネットゼロ目標」を2021年に策定していた。239社の大半はこの基準に沿った目標の提出に向けて動いていたはずだった。何が起きたのか。(オルタナ編集部)

「当社が削除されたことは知らなかった」

「SBTiのサイト上で、自社のコミットメント(公約)が削除されていることは、取材を受けて初めて知った」。自動車用ホースメーカー、ニチリン(スタンダード上場)の森浩一・サステナビリティ推進室長はオルタナの取材に対して困惑した様子をうかがわせた。

※森氏の肩書に誤記があったため、修正しました。

同社は、2021年に取引先の海外自動車メーカーから、SBTに沿った目標設定を求められた。2022年1月にコミットメントを行い、2024年1月17日に「1.5℃目標」と「ネットゼロ目標」の審査資料を提出していた。現在は5月の審査を待っている状況だと信じていたという。

セコムもオルタナの取材によって、自社のステータスが、「COMMITMENT REMOVED」(公約の削除)の表示になったことを知った。

「SBTiからコミットメントを削除する旨の連絡を直接受けており、いずれ削除されることは認識していた。当社の削減目標は『Well Below2℃(産業革命前に比べて2度を十分に下回る水準)』で認定取得しているため、『1.5℃』での認定取得を目指してグループで調整を進めている」(柳澤芳秀・セコムサステナビリティ推進室主務)

※柳澤氏の肩書に誤記があったため、修正しました。
※コメントの一部を修正しました。

ネットゼロは、「短期」と「長期」で目標求める

国際的な脱炭素イニシアティブSBTi*が2021年10月から導入した、新基準「ネットゼロ目標」の認定を巡って、波紋が広がっている。今年に入って、ネットゼロ目標の認定を得るために動いていた企業239社のステータスがSBTiのサイト上で、「COMMITMENT REMOVED」に切り替わった。

*SBTiは、WWF、CDP、世界資源研究所(WRI)、国連グローバル・コンパクトによる共同イニシアティブ。科学的知見に基づき、パリ協定と整合した排出削減目標「SBT(科学的根拠に基づく目標)」の認定を行う。

何が起きたのか。まず、ネットゼロ目標ができた経緯から説明する。

多くの企業が「ネットゼロ」を掲げ、温室効果ガス(GHG)排出量の「実質ゼロ」に取り組む。だが、ネットゼロの定義が不明確で、企業によってGHGを算定する対象範囲(スコープ1~3*、図参照)や目標年などが異なっていた。

*スコープ1は自社の活動に伴う 「直接排出」。スコープ2は、「エネルギー起源の間接排出」で自社が購入した電気・熱の使用に伴う排出量を指す。スコープ3は、「その他の間接排出量」で、スコープ2以外の間接的な排出量

GHGプロトコルが定義したスコープ1~3の領域 出典:環境省

そこで、SBTiでは2021年に「ネットゼロ目標」を策定した。これは、パリ協定で定めた「1.5℃目標」に整合した2050年までの基準だ。

企業がこの基準の認定をSBTiから受けるには、2030年までに(短期目標)スコープ1~3でGHG排出量を半減(スコープ1・2で42%削減+スコープ3で25%削減)し、2050年まで(長期目標)に「実質ゼロ」(スコープ1~3で90%削減)にするなどの目標を提出する必要がある。

①が5〜10年先の「短期目標」、②が2050年に向けた「ネットゼロ目標」(SBTi COPORATE NET-ZERO STANDARDから)

SBTiの従来の目標基準では、企業に5~10年先を目標年とした短期的な目標の提出を求めていた。ネットゼロ目標は、従来の目標と比べて、削減施策をより厳格化し、かつ、目標年を2050年まで伸ばした。企業にとっては、自社だけでなく供給網を含め、約30年先までの脱炭素目標を考えることは難しい。

■1000社超が「ネットゼロ目標」に挑んだ

SBTiはネットゼロ目標に賛同する企業を募るため、「ビジネスアンビション(Business Ambition for 1.5℃)」キャンペーンを立ち上げた。広く周知するため、「国連グローバル・コンパクト」、企業/NGOの国際アライアンス「We Mean Business*」と組んだ。

*オルタナ本誌53号「We Mean Business」の特集記事はこちら

このキャンペーンに賛同した企業は、2021年末から2023年末の24カ月以内に、SBTiに目標を提出し、検証を受けることが求められていた。SBTiから認定されなかった場合や期間内に提出できなかった場合は、SBTiのサイト上で「COMMITMENT REMOVED」というステータスで表示される仕組みだった。

今回、239社が一斉に「COMMITMENT REMOVED」になった背景には、こうした事情があった。

SBTiは、目標にコミットはするが、実際に目標を提出しない企業に向けた「圧力」として、2023年8月からこの施策を始めた。これまでは、期間内に目標を提出できなかった企業はサイト上から削除していた。企業にとっては、対外的に「約束を守れなかった企業」として公表されるため、機関投資家などからの評価に影響が及ぶ。

同キャンペーンには500社以上が賛同していたが、今年に入って、239社が一斉に「COMMITMENT REMOVED」に切り替わった。マイクロソフト、P&G、ユニリーバ、ウォルマート、国内企業では、花王やリコー、サントリーなどだ。

今回の「COMMITMENT REMOVED」をどう見るべきか。

(この続きは)
200社以上の「コミットメント削除」は後退でない
花王やサントリー、長期目標の策定に時間を要する
リコー「認定を急ぐより、スコープ3の削減を確実に」
「さらに野心的な目標が増えることを期待したい」

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オルタナ編集部

サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」は2007年創刊。重点取材分野は、環境/CSR/サステナビリティ自然エネルギー/第一次産業/ソーシャルイノベーション/エシカル消費などです。サステナ経営検定やサステナビリティ部員塾も主宰しています。

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キーワード: #脱炭素
  1. Ryuji(Ron) TSUTSUI
    Ryuji(Ron) TSUTSUI
    2024/04/09 6:15

    現役メンバーにも助言していますが、今年は政治的な反ESG運動が注目を集めているので、SBTはステークホルダーの間で誤解を生まないためにも「Commitment tentatively delisted」とか「Commitment temporally removed」など、「一時的に外している」と意思が伝わる様に表現すべきですし、当該企業にはそうした措置を執ることを事前に伝えてほしいものです。オルタナさんが今回フォローされたのは大変時宜に叶った記事で、取り組みを継続している企業や担当諸氏には応援メッセージになったと思います。トヨタ自動車の佐藤社長も目標年を微妙にずらして煙幕など張らずに、早くSBTの認定取得に向けて再挑戦してほしいものです。

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